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zoom RSS 【読書メモ】山口昌男『文化の詩学』

<<   作成日時 : 2013/03/14 00:39   >>

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3月10日、文化人類学者の山口昌男さんが亡くなられました。

僕は、山口さんと、9年前に一度、お会いしたことがあります。
記号学者の立花義遼先生(僕がたいへんお世話になっている方です)のご紹介で、僕が脚本を書いて演出したお芝居を、山口さんが観に来てくださったのでした。
当時、僕は東京大学駒場キャンパス内の多目的ホールで演劇をやっていたのですが、
もうお身体も少し不自由になっていた山口さんを、ホールのわきに停まった自動車のところまでお送りしたこと、
またその際、目も当てられぬほど拙かったはずの僕などのお芝居を、「面白かった」と褒めていただいたことは、
僕にとって、飛びあがりたくなるくらいの名誉でしたし、忘れられない出来事になりました。

それなのに僕は、現在に至るまで、山口さんの良い読者ではありませんでした。
確か山口さんにお会いする直前に購入した、岩波現代文庫の『文化の詩学』を、事あるごとに本棚から取り出してはめくってみるのですが、毎回挫折し続け、通読することができなかったのです。
いつかちゃんと読み切ろう、近いうちに……。
ずっとそう思いながら、しかし果たせず、このたび、とうとう山口さんのご逝去を知ってしまいました。
僕は、なんと愚かで、恩知らずな人間でしょうか。

さすがに今回は、山口さんのことを思いながら、ちゃんと通読しました。
僕にできることは、それしかありませんので。

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山口さんは、ダイナミックなものを称揚します。
しかしその称揚によって、ダイナミックなものは、スタティックなものとの二元論を構成してしまいます。
そして、二元論はどうしても、スタティックなものに見えてしまいます。
――これが、これまで山口さんを読もうとするたびに、僕がつまずき続けたところでした。
が。
今回、『文化の詩学』をまとめて読んでいると、字面の背後から、理論には収まらない「垂直的」な迫力が伝わってきました。
僕の読書は、いつもタイミングが遅い…。
ダイナミックなものとスタティックなものとを「水平」面に並べて、スタティックな二元論の構図を作る、というのではない読み方、いわば「垂直的」な読み方が必要だったのだと、いまにして思います。
山口さんご自身も、そのように書いていらっしゃるように感じます。

山口さんは圧倒的な博覧強記で、どんな対象にも「中心」/「周縁」の理論や「異化」「活性化」の理論を適用されます。
その理論の汎用性が、あまりに高すぎるため、もしかしたら山口さんの理論はきわめて保守的な思想に繋がってしまうのではないか、という疑いも、正直なところ僕にはありました。
しかし、山口さんは驚異的なパフォーマンスで、それぞれの対象を<実践>的に論じておられます。
たとえば1巻後半の「イエスの方舟」論などを読めば、山口さんの柔軟さがよく分かります。
理論を振りかざすだけの、硬直した態度とはとても言えません。
理論からの応用力こそ、『文化の詩学』の読みどころでしょう。

僕の関心からすると、2巻の後半の「交換と媒介の磁場」が、『文化の詩学』のハイライトだと思います。
小説、テレビ、演劇にまたがる物語論の、現在のところの決定版ではないでしょうか。

いわゆる「中心」的で硬直した<A>があり、「中心」を外れた「周縁」たる<反A>があるとき、
<反A>を消去しようなどというのが、愚策かつ不可能なのは言うまでもないけれど、
<A>を消去しようというのもまた愚策であり不可能である。
ダイナミズムは、<A>と<反A>の弁証法からのみ生まれる。
――というふうに、僕はずっと思っていて、安易に「物語を捨てよ」みたいなことを言う人に、ずっとうんざりしてきましたが、
山口さんはこのあたりのことを、明確に言葉にしてくれています。

最後に、山口さんへの私信を――

山口さん。僕は9年前、山口さんから何か大事なものをいただきました。そして9年間、その価値をロクに分からないまま生きてきました。これから、もっと勉強させていただきます。安らかにお眠りください。

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