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zoom RSS 【まとめ】【読書メモ】ハイデッガー『技術への問い』

<<   作成日時 : 2014/11/17 13:23   >>

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マルティン・ハイデッガー、関口浩訳『技術への問い』平凡社、2009年

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「技術への問い」 http://42286268.at.webry.info/201411/article_1.html
「科学と省察」 http://42286268.at.webry.info/201411/article_2.html
「形而上学の超克」 http://42286268.at.webry.info/201411/article_3.html
「伝承された言語と技術的な言語」 http://42286268.at.webry.info/201411/article_4.html
「芸術の由来と思索の使命」 http://42286268.at.webry.info/201411/article_5.html

内容から少し離れて所感を述べますと、この本を読んでいてしきりに思い出したのは、吉本隆明のことです。
ハイデガーはことあるごとに「本質」と言いますが、それが吉本に似ていると思いました。
「通俗的観念の誤りを正すために原初へ遡る」という形の「本質論」は、ハイデガーと吉本に共通したものだと思います。
ただ、そこでハイデガーの方が吉本よりも厳密であるように見える(ハイデガーは「哲学者」なのに吉本は「思想家」と呼ばれる)のは、前者がギリシアへ行くのに対し、後者が原始人の話などに行くからでしょう。

ハイデガーは
あまりに時間がありすぎたせいで徹底的に思索することのできたギリシア人の最高の叡智
  ↓
それが西欧文明の基礎になる
  ↓
西欧文明が真理をゆがめたうえでグローバル化
  ↓
現代の世界を支配する誤った通俗的観念

という認識にもとづいているので、原初の検討(語源論)が本質論として語られる(そしてそれが全西欧文明を視野に入れた思考になる)ことにはそれなりの説得力があります。

それに対して吉本は、「ギリシア=原初の哲学者たちの最高の叡智」を持たないので、原初を「想像」するしかなかった(そこで原始人の「う」とかを出した)。
どちらが良いとかではなく、どうしようもない必然的な違いだと思いました。


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