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zoom RSS 唐十郎論――肉体の設定(2)

<<   作成日時 : 2015/11/07 19:53   >>

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唐十郎論――肉体の設定

1 問題設定
・2 「いま劇的とはなにか」を読む
3 唐十郎の演劇の体制
4 フィクションの政治性
5 現代演劇の政治と美学

    2  「いま劇的とはなにか」を読む

 ◆ 乗り越えの対象としての中原中也

 「特権的肉体論」は理論である以上にエッセイである。だからこそそこには唐十郎の発想そのものが露出し、思考の型が刻み込まれている。それを抽出するため、本節ではあえて「いま劇的とはなにか」の理論的側面に注目してゆくが、その前に、「いま劇的とはなにか」が詩人の中原中也への批評という形をとっていることの意味を考察しておく。

 「特権的肉体論」の発表された1968年は、唐十郎が自己の作劇術を確立してゆく時期に当たる。
 64年から劇作を始めた唐の最初期の戯曲は、厳格な掟の下に不毛な世界が広がる一種の不条理劇であった。その作風は60年代後半にかけて徐々に変化し、「腰巻お仙」シリーズなどでは強烈なキャラクターが登場して行動するようになるのだが、「特権的肉体論」はまさにその「腰巻お仙」シリーズの作品二編とともに単行本化された。そして70年代前半に、唐の劇は古典的ともいえるストーリー構成を獲得することになる。

 最初期の戯曲作品には、内向的な性格だったという少年期の唐が耽溺した中原中也の影響が見て取れる。特に分かりやすいのは、「いま劇的とはなにか」でも言及されている「都会の夏の夜」のモチーフである。『月光町月光丁目三日月番地』(64年、戯曲発表は65年)では「らあらあ」と歌う酔っ払いのことが語られ、『煉夢術』(65年)では夜の町にオルガンの音が響く。
 最初期の唐がある程度サミュエル・ベケットの影響を受けていたことは自他ともに認めるところだが、ベケット的な「凍結された時間」(扇田昭彦による『唐十郎全作品集』第一巻の解題より)の内側は、中原から受け継がれた詩的抒情で満たされていたといえる。20代前半までの唐にとって中原という詩人は理想自我であり、最初期の唐の劇作は中原の詩作を模倣する側面をもっていたのである。

 しかし、中原に対する想像的な同一化を、やがて唐は維持できなくなる。唐は詩人ではなく、劇作家としての自分を作らねばならないのだ。中原を対象化し、そこから身を引き剥がそうとする試みこそが、「いま劇的とはなにか」というテキストだといえよう。

 唐は中原を批評するにあたり、小林秀雄「中原中也の思ひ出」に多くを負っている。
 小林によれば、中原の詩は「痛ましい程」中原の生活に「密着」していた。詩作を「悲しみ」の告白として行った中原は自己の内面に閉じこもり、外界と出会うことができなかったと小林は述べる。
 唐は小林の論を再演することで、中原との一体化を志向していた自分の内的世界に、一種の去勢をもたらそうとした。「いま劇的とはなにか」における中原批判の異様な執拗さは、中原への強い愛着の否認にほかならない。そこでの唐は中原を乗り越えて、外界に生きる人物たちの行動を描く作劇術を手に入れようとしている。

 唐は中原的なものを完全に切断するのではなく、外界へ開いて演劇的なものに変えるつもりなのだ。ゆえに唐は中原を、表現に「特権的肉体」をまがりなりにも持ち込んだ先行者とみなす。ここからは、「いま劇的とはなにか」のテキストを追ってゆこう。

 ◆ 他者の視線が「痛み」をもたらす

 中原中也の詩や彼に関する資料を読みながら、唐十郎は中原の「詩をうたう物腰」に注目する。ここでの唐は、テキストを演劇として読んでいるのである。唐は中原の「肉体」の「痛み」を見て取り、その「痛み」から「特権的病者」なる人物形象が立ちあがるのだという。
 この「痛み」という語は、小林秀雄が「痛ましい程」と述べたことの残響だろうが、いったいどういう意味なのか。唐は次のように説明している。

痛みの 意識 は、自らの内に自然に発生するものではなく、そこには必ず他者の視線が介在する。石に頭をぶつけて、痛いという感覚とは逆に、視られた肉体の痛みは、自らを石にさせるのだ。つまり、肉体が、石のような物になるように思えて了う。(下線部は原文では傍点)


 ここで述べられているのは感覚としての「痛み」ではなく、意識としての「痛み」である。唐が中原の物腰から看取する「痛み」とは、何ものかに「視られた」ことを意識するときに中原が感じた「痛み」なのだ。さらにいえば、他者によって見られているという意識自体が中原の「肉体の痛み」だということになる。
 他者の視線への意識のために「肉体」が石のように感じられるという箇所で、なぜかこれまでの論者たちはことごとく躓いているが、これは明らかにサルトル『存在と無』から発想されたものだ。他者の眼差しにさらされた人間が「固体化」を体験し「世界のただなかに凝固したもの」になると論じるサルトルの名高い眼差し論は、他人の視線に緊張をおぼえた経験のある者には理解しやすいものだといえよう。「肉体が、石のような物になるように思えて了う」という一節には、この「固体化」と「凝固」が踏まえられている。

 唐は続けて、他者の視線を受けた中原の「肉体」は「畸形児」の形に凝固したと述べる。先まわりしていえば、この「畸形児」の人物形象こそが「特権的病者」、すなわち中原の表現した「特権的肉体」にほかならない。では中原の意識に「痛み」をもたらし、「特権的病者」の形象を作り出した他者の視線とは、いったい何ものの視線なのか。

 まず唐が挙げるのは「悲しみ」の視線である。「悲しみ」の情念を喚起する「モノ」が、記憶の中から中原に視線を送ったのだと唐はいう。中原が内的な情念の世界にひたっていたことは、「悲しみ」を喚起する「モノ」との見つめあいのようなものであった。
 だが、自己の内面の「悲しみ」への耽溺は、実質的な「痛み」をともなうものではない。「痛み」をもたらす眼差しは、本当は「」からやってくるものだったはずだと唐は述べる。街には現実的な「」や「他者」が溢れており、それらは中原の情念に意味づけられた「モノ」など問題にならぬほどアクチュアルである。唐がいっているのは、社会との関係の現実的な厳しさをこそ、中原は「痛み」とともに受け止めねばならないはずだったということだ。

 ◆ 現代芸術の条件と方法

 唐による中原批判は二点にまとめられる。
 一つはいまみたように、外界の社会的現実を忌避し、自己の内面ばかりを覗き込んだこと。もう一つは、その内面の情念によって詩の表現のみならず実生活まで染めあげ、「悲しみの一元論」の中で表現と生活を「密着」させてしまったことである。これらの論点は前述のとおり、小林秀雄の論から抽出されている。

 第一の論点を通して、唐は現代芸術の条件を示唆する。
 中原の「痛み」は現実的なものではなく、「痛み」を「想像」あるいは「予見」しているだけである。ゆえに「痛み」のわざとらしい身振り(ゼスチュア)でしかない中原の物腰は、現実社会における対立や葛藤を表現することができなかった。
 それに対して、現代におけるアクチュアルな表現とは唐によれば、情念の深みという内面と現実的な外界との双方にまたがるものであらねばならない。

 そして第二の論点は、そのアクチュアルな表現のための方法として唐が構想する「特権的肉体」の形成へとつながってゆく。
 ここからの唐の論はサルトルの眼差し論の応用である。表現と生活とを「密着」させていた中原が詩で表現したものは、瘤のような「怨恨の肉化」に見えると唐はいう。「怨恨」とは、他者の視線を受けた「痛み」の意識から生ずるものを指す概念だと思われる(見られた「肉体」の「痛み」の意識が、「痛み」を与えられたことへの「怨恨」に転ずる)。「怨恨の肉化」とは、その「怨恨」がまるで中原の「肉体」の一部であるかのように、詩の表現に露出しているということだろう。

 唐は表現と表現者の実生活との「密着」に対しては批判的だが、しかし、中原が結果として独特な「肉体」の形象を表現の中に持ち込んだ点は評価する。そのような形象こそが、現代芸術の「有効な方法」としての「特権的肉体」になると唐は考えているのだ。

 ◆ 中原中也の特権的肉体

 では「特権的肉体」とはいかなるものか。中原の「特権的肉体」が鑑賞者の前に立ちあがる機構は、以下のように記述される。

私たちに見えるものは、詩の中に現われた中原の影法師であり、それは中原の現在形であり、怨恨の虹であり、それを透かしてゆれ動く中原の色白な肉体が、まるで、中原の世界の大過去のように存在し、影法師の大きさに比例して遠くなったり近くなったりするだけだ。


画像


 ここではおそらく影絵の装置が念頭に置かれている。それを図式化して説明しよう(図1)。
 鑑賞者の「網膜の壁」を具現化したような、詩というスクリーンがある。半透明なスクリーンの表面に、中原の「怨恨」が光学的に映し出された「影法師」が現出する。スクリーン上の「影法師」が鑑賞者によって観られることこそが、表現の「現在形」である。
 スクリーン上に「影法師」を投げかけるのは、スクリーンをはさんで鑑賞者の反対側にある中原の「肉体」であり、これは「影法師」という「現在形」の原因に当たるので、「大過去」と呼ばれている。
 だが影絵が成立するには、「肉体」の影をスクリーンに映す光がなくてはなるまい。次の箇所はその光について述べた文章である。

そのまた向うに、中原自身が意識しているものの眼こそが、光源である。その眼差しとの葛藤こそが、中原をしてこちらの壁に、影法師を現出させた創造上の現在だから。


 ここはサルトルの眼差し論を表現論へと応用するに際して、唐十郎が最も独創性を発揮しているところだろう。
 スクリーンの奥のいちばん遠くに、中原の「肉体」を見つめるものの眼がある。その眼が手前側へ向けて眼差しという形で光を放つとき、「肉体」の「影法師」がさらに手前のスクリーンに映る。
 詩というスクリーン上の「影法師」があらわすのは、眼差しと中原との間の葛藤であり、前述の「怨恨」に当たる。つまり表現者が鑑賞者に提示するのは、他のものとの切実な関係意識から生じる「影法師」のような幻なのだ。

 これで唐の考える表現の機構は分かってきた。ではこの機構の中で、スクリーンをはさんで鑑賞者の反対側にある「肉体」が、唐の提唱しようとしている「特権的肉体」なのだろうか。
 そうは考えられない。「肉体の山水花鳥」とも呼ばれる「特権的肉体」とは、表現され鑑賞者によって観られるべきものであるはずだが、唐は「肉体そのものは、近視的に顔を近づけてもそんなに面白いものではない。また私たちには、その肉体を見つめるなどということは不可能であろう」と述べているのだから。
 そして「私たちに見えるものは、詩の中に現われた中原の影法師であり、それは中原の現在形であり、怨恨の虹であり」という一節を想起すれば、スクリーン上の「影法師」こそが、「特権的肉体」にほかならないことが分かる。
 「特権的肉体」とは表現者の「肉体」ではなく、表現された作品の表面で、鑑賞者に対して現象する幻(イリュージョン)なのである。

 これがなぜ「特権的 肉体」と呼ばれるのか。続いて紹介される挿話では、一日の労働の後に夕方の土手で股間に指を入れる老婆の姿が描写され、「独特な肉体への目つき、肉体がもっとも現在的に見えるためのあらゆる知恵が、全てあの一瞬のために働く」と述べられる。これが「特権的肉体」である。「特権的」という語が指すのは、ある人物が自分の「肉体」を最もアクチュアルな形で表現するとき、表現上の「現在」へと当人の時間が凝縮され、当人の固有性が身体の状態として鮮やかに提示される、その形象の独特さなのだ。

 ◆ 特権的肉体論のメカニズム

 唐十郎が中原中也を論じることで構築した以上のような表現理論を、以後、特権的肉体論と呼ぼう。
 唐は「特権的肉体」を自らの演劇の核とすることを宣言し、特権的肉体論を演劇に適用する。そこでは当然、「肉体」の概念は演じる俳優の身体に当たる。では「特権的肉体」はどうだろうか。それは俳優によって演じられ、表現される舞台上の「現在」にあらわれる、〈劇の登場人物〉に対応するものと考えられねばなるまい。
 このようにテキストを読み説いてきた私たちにはもはや、次のような文章を理解することも困難ではない。

特権的肉体には特権的痰があり、その痰には、必ず一つの怨恨があり、その怨みには、大過去の絶対的なものの眼差しがあり、その向うにはまた、絶対的に見えるものの構造がビッシリと連なっている。そして、それをひっくるめて単一であるところの特権的肉体は、特権的であればこそ、よりこちらから見られているってな具合だ。


画像


 再び影絵の装置に当てはめて解釈しよう(図2)。
 舞台上の「現在」というスクリーンの手前に観客がおり、スクリーンの向こうには俳優の「肉体」がある。そのさらに向こうでは、俳優の内面に回収されない「絶対的なもの」たちが、構造化されて社会的な現実を形作っている。
 「絶対的なもの」が俳優の「肉体」に眼差しを注ぐと、「肉体」は「痛み」の意識から「怨恨」を生む。その「怨恨」がスクリーンに投げかけられ、「特権的肉体」すなわち劇の登場人物の、独特な言動(「特権的痰」)として表現される。舞台上の「現在」というスクリーン上での「特権的肉体」の独特さは、スクリーンの向こう側にある俳優の「肉体」と「絶対的なもの」との関係に由来するのだ。そしてスクリーンの手前の観客は、「特権的肉体」の独特さをこそ鑑賞する。

 ◆ 「遠征」と「襲来」

 以上のように「特権的肉体」を駆使する演劇の機構は、社会的現実の水準における一人ひとりの俳優と他のものとの関係を、虚構の水準における芸術的表現へと飛躍させる仕組みとして理解されうる。ここに認められるのは、俳優の「肉体」という実体から「影法師」のような表象である「特権的肉体」へ向かうベクトルである。
 だが一方で唐は「影法師はまた、肉体の水先案内人でもあるという倫理をももたされている」とも述べる。これは「特権的肉体」が「肉体」にはたらきかけ、「肉体」をより自由な表現へ導くということだろう。
 唐によれば、現実に属する「肉体」と虚構に属する「特権的肉体」は、相互作用によって生活と表現の領域をともに拡大させてゆくべきなのだ。そしてその相互作用を活用するような、「遠征と襲来」を兼ねる「役者修業」を唐は構想する。

 「遠征」とは実生活から芸術へのベクトルであり、生活の経験を演技に活かし、現実によって虚構を支えることである。「襲来」とはその逆、芸術から実生活へのベクトルだろう。それは演技の経験から得られたもの、すなわち「特権的肉体」の形象を俳優が自分の実生活に持ち帰り、虚構によって現実を活性化することだと推定される。この「遠征と襲来」の演劇活動は、芸術の政治的効果などといったものよりも、アクチュアルな形で現実と関わるのだと唐は考えている(その理由については本稿第4節で論じる)。

 ◆ 中原中也的なものを外界へ開く

 総括すれば、中原中也から抽出した「特権的肉体」の理論を、このようにして現実と相互に作用する演劇活動へ結びつけることで、唐十郎は自らの内部の中原的なものを外界へと開いたのであった。

 唐は「いま劇的とはなにか」の最後の段落で、自分が中原を論じねばならなかった理由を興味深い形で告白している。
 特権的肉体論において「肉体」から「特権的肉体」への飛躍を担うのは、他者の眼差しによって惹起される「怨恨」だったわけだが、1940年生まれの唐は戦争中に他者から圧迫された経験はなく、焼け跡に残された「ボロボロのカラン」のような「もの」の眼差しを感じるばかりだったという。自分の「怨恨」は現実的なそれではなく、「もの」から想像される「怨恨の予見」にすぎないのではないか。だとしたら、「悲しみ」の情念を喚起する「モノ」と見つめあうばかりで内面に閉じこもった中原の弱点は、自分の弱点でもある。そう考えたからこそ唐は中原を批判して乗り越えねばならなかったし、自分の表現が中原のような「痛みのゼスチュア」へと頽落することを、絶えず警戒する必要があるのだ。

 以上で、「いま劇的とはなにか」というエッセイの理論的内容をたどれたことになる。むろん私たちはこれから、なぜこのような理論が提唱されたのか、このような理論によっていかなることが可能になったのかを考えねばならない。


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