documents

アクセスカウンタ

zoom RSS 記憶を与える(太宰治『思い出』論)

<<   作成日時 : 2016/05/13 00:54   >>

トラックバック 0 / コメント 0

記憶を与える――愛の物語としての『思い出』

※ 太宰治『思い出』の内容の整理は こちら

 太宰治の小説『思い出』(一九三三年)は、愛の物語である。かつて愛されていた者が、愛を失って成長したのち、今度は主体的に人を愛しようと試みて挫折する物語である。そしてその愛の主題に、記憶の主題が連動している。

 『思い出』は三つの章から構成されている。一章は、主人公であり出来事をテキスト化する主体である「私」の最初期の思い出から始まり、旧制中学校入学試験の受験直前の父の死で終わる。二章は、「私」の中学校入学から始まり、みよという女中への恋心の芽生えで終わる。三章は、たとえ周囲から反対されてもみよとの恋愛を貫こうという情熱的な決意から始まり、その恋愛の喪失で終わる。
 以下、愛と記憶の物語としての『思い出』を、章を追う形で読み解いていこう。

    1

 一章の序盤でテキスト化されるのは、主人公としての「私」が小学校に入学する前、数え年で四歳から七歳までの記憶である。そこには、「私」の叔母と女中のたけという、ふたりの女性が登場する。「私」の最初期の「思い出」は、彼女たちから愛されることによって与えられたものだといえる。

 彼女たちはいわば、「私」の想像的な〈母〉である。この時期の「私」の記憶からは、ほかの家族のメンバーは排除されている。最初の記憶が、明治天皇という象徴的な〈父〉の死から始まっていることも示唆的である。想像的な〈母〉である叔母が「生き神様」と呼ぶ明治天皇に関して、「私」は「何か不敬なこと」と言い、「どこへお隠れになったのだろう」とおどけて叔母を笑わせる。幼児期の「私」の想像的な世界は、〈父〉を視野の外へ追いやることで成立したのである。

 しかし、「私」が想像的な〈母〉たちから与えられる愛は、不安を孕んでもいる。滝の見物の挿話において、「私」は叔母の愛が他人から汚されたように感じ、泣きわめく。「私」はまた、叔母に「お前がいやになった」と言われて捨てられる夢に怯える。さらに、たけに教わった一種の占いから地獄へ落ちるというしるしを受け取り、「私」は死にまつわる不吉なものすら経験する。想像的な〈母〉に自らを委ねる完全な受動性は、つねに大きな不安と隣り合わせなのだ。
 そしてその不安はやがて現実のものとなる。「私」が小学校に入学するころ、叔母とたけはふたりとも、「私」の前から姿を消す。「私」に最初の「思い出」を与えた愛は、こうして奪われ、失われる。
 この愛の喪失は、主題の面と叙述の面で、テキストにいくつかの変化をもたらす。次に引用するのは、たけや叔母から「私」が引き離された直後の部分である。

 学校に入ってからの私は、もう子供ではなかった。(中略)弟の子守から 息苦しいこと を教えられた。(中略)私たちは蔵の中だの押入の中だのに隠れて遊んだ。(中略)押入のそとにひとり残された弟が、しくしく泣き出した為、私のすぐの兄に私たちのことを見つけられてしまった時もある。兄が弟から聞いて、その押入の戸をあけたのだ。子守は、押入へ銭を落したのだ、と平気で言っていた
  は私もしじゅう吐いていた。(後略)(強調引用者)


 第一に、愛の主題と入れ違いに、性の主題が初めて現れている。以後、愛の主題はいわばテキストの水面下に潜行し、全編の結末まで姿を現さない。代わって登場した性の主題は、おもに「あんま」と呼ばれる自慰として「私」につきまとい、テキストの表面で幾度も反復されることになる。

 第二に、嘘という主題もここで初めて出現する。主人公としての「私」は愛を失い、嘘にまみれていったのである。嘘の主題は、たけが読書の習慣とともに与えてくれた文学的なものへの志向を屈折させる形で、「私」を「出鱈目」な「綴方」へと導き、やがては「私」と文学との関係のあり方にも影響を与えるだろう。ただし、『思い出』における小説家太宰治は、嘘と文学との関係を、小説のテーマとして十分に展開できているとはいえない。

 第三に、引用した最初の段落の末尾にふと現れたモチーフ(子守の嘘)が、次の段落に引き取られ、中心的な話題の位置にすえられている点に注目しよう。以後『思い出』という小説は、このような話題の尻取りともいえる連想を、特徴的な叙述の手法として採用していく。

 なぜ愛の主題がテキストの表面から消えると同時に、このような叙述の手法が出現したのだろうか。思うに、出来事をテキスト化する主体としての「私」にとっては、愛の主題にまつわるものこそがテキスト化するべき特権的な対象であり、それ以外のものは取り上げる必然性が弱いのだ。どうしても取り上げたいという強烈な動機づけを伴わないものを、それでも取り上げながら小説を形作ろうとするとき、『思い出』におけるテキスト化の主体は、ふたつの手法を使い分けた。時間的に順を追って書くことと、連想によって書くこと。テキスト化の主体としての「私」は、もろもろの出来事を想起して配列するとき、基本的には学校の学期や年次に依拠して前者の手法を用いながら、時間的に幅のあるものごとに関しては、後者の手法を使っているのである。

 連想の手法が顕著なのは、一章の中盤以降、家族のメンバーを順番に紹介するシークエンスである。そして父の死をもって一章は終わる。明治天皇という象徴的な〈父〉の死から始まったこの章にとっては、ふさわしい区切りであるといえよう。

    2

 二章は、「私」の旧制中学での生活を描きながら、文学の主題とロマンティックな恋愛の主題を用意する章である。

 主人公としての「私」は故郷を離れ、海辺の小都会にある中学校に入学する。小都会と故郷との間の距離は、休暇などを契機とする往復運動を生み、のちに三章の展開に基本的なリズムを与えることになる。また、故郷から引き離された「私」は、実家の庇護を失って不安にさらされる。

 中学校での「私」は、入学早々教師たちから「生意気」だとして罰せられるが、何が「生意気」とされたのか「私」にはわからない。故郷において名家の息子の秀才として特別扱いされてきた「私」の自尊心は、故郷の外では承認されず、周囲との間に軋轢すら引き起こしたのである。

 自己に対してもっている幻想と周囲の目との齟齬が、「私」に不安をもたらす。「私」は「英雄としての名誉」を守るというロマンティックな決意から、優等生であるために勉強に励む。その結果よい成績を修めつづけるが、不安は消えない。この不安から「私」は、文学に心の慰めを求めるようになる。

 以下に引用するのは、中学三年生になった「私」が、あるときふと自分の過去と未来について思いをめぐらせたあと、文学という「はけ口」を発見する箇所である。

そして、おしまいに溜息ついてこう考えた。えらくなれるかしら。その前後から、私はこころのあせりをはじめていたのである。私は、すべてに就いて滿足し切れなかったから、いつも空虚なあがきをしていた。私には十重二十重の仮面がへばりついていたので、どれがどんなに悲しいのか、見極めをつけることができなかったのである。そしてとうとう私は或るわびしいはけ口を見つけたのだ。創作であった。ここにはたくさんの同類がいて、みんな私と同じように此のわけのわからぬおののきを見つめているように思われたのである。作家になろう、作家になろう、と私はひそかに願望した。


 「私」は「こころのあせり」や「わけのわからぬおののき」に急き立てられ、優等生としての立場を守ろうという「空虚なあがき」を続けてきたが、将来のことを考えると「えらくなれる」とは思えず、不安はよりいっそう大きくなる。しかし文学は、この不安自体に目を向けて対象化することができるように、「私」には思われる。

 ここで「私」は、「えらく」なるという形で自己と社会との齟齬を解消する道を、なかば放棄している。その代わりに、齟齬からくる不安に対処するための文学という可能性を発見し、作家になろうと志したのである。

 こうして『思い出』のテキストの中で、文学の主題が明確に形をとった。二章の終わりではもうひとつ、ロマンティックな恋愛の主題が提示される。

 中学三年の秋のはじめ、「私」は結婚相手とつながっているという「眼に見えぬ赤い糸」について、弟と語り合う。「私」は自分の「赤い糸」の相手として、夏休みに出会った実家の女中みよを想起している。このみよをめぐるロマンティックな恋愛が、『思い出』三章の主題となる。

    3

 三章のはじめにおいて、主人公としての「私」の心の中で、みよの「思い出」はいったん薄れている。自分の家の女中との恋愛は、家族や周囲の人々からも反対されるだろうと思われる。大きな転機がなければ、みよへの恋心も、少年期の些細な挿話のひとつにとどまっていただろう。

 しかしあるとき「私」は、レフ・トルストイの長編小説『復活』を読み、下女が貴族に誘惑されるという物語を、みよと自分の境遇に重ね合わせてしまう。そうして、その物語を模倣したいという欲望に駆り立てられるのだ。ここに、二章で準備された文学の主題とロマンティックな恋愛の主題が合流している。私は、「人生のかがやかしい受難者」となるべく情熱を燃やし、反対するであろう家族とも「たたかう」決意をする。

 「私」は休暇などを利用して故郷に戻っては、みよとの接触を試みる。次に引用するのは、中学四年の夏休みの帰省が終わり、小都会へ戻ろうとしている場面である。

そのうちにとうとう夏やすみも終りになって、私は弟や友人たちとともに故郷を立ち去らなければいけなくなった。せめて此のつぎの休暇まで私を忘れさせないで置くような何か鳥渡した 思い出 だけでも、みよの心に 植えつけたい と念じたが、それも駄目であった。(強調引用者)


 「私」はみよへのロマンティックな恋愛を、「思い出」を「植えつけ」るという形で成就へ導こうとするのである。かつて想像的な〈母〉たちに愛されて「思い出」を与えられた「私」は、今、他者に「思い出」を与えることをとおして、その他者を主体的に愛しようと望んでいるのだ。

 このロマンティックな恋愛の主題は、性の主題と一種の拮抗関係を形作る。その秋、週末の休みを利用して帰郷した夜、「私」はみよとの結婚にまつわるさまざまなことを想像したあと、寝つけないため自慰行為を行うが、その際「みよをよごす気にはなれなかった」ので、「みよの事をすっかり頭から抜いて」いるのだ。

 翌日、「私」はみよと一緒に葡萄を取りに行く。そこでみよは蜂に刺され、「私」はみよに薬を渡す。他愛のない出来事だが、この小事件があったことに「私」は満足する。というのも、「私」は次のように考えたのである。

あれだけの 思い出 でもみよに 植えつけてやった のは私としては精いっぱいのことである、と思った。みよはもう私のものにきまった、と安心した。(強調引用者)


 「思い出」を「植えつけ」ることとしての、ロマンティックな恋愛。しかし、この恋愛の主題は、やがて挫折に突き当たる。その次の冬休みに帰郷したとき、実家にみよの姿はない。みよは、ほかの男から性的に汚され、「私」の実家を去ったのである。ロマンティックな恋愛の主題は、性の主題に敗れたのだ。

 そして小説全編の結末では、かつて失われた愛と、失ったばかりのロマンティックな恋愛が結びつけられることになる。恋愛を失った「私」は、母と叔母とみよの三人が写った一枚の写真を見て、叔母とみよが似ていたことに気づく。「私」が恋愛の対象として選んだみよは、女中という身分においてたけに通じているだけでなく、容貌において叔母に通じる存在でもあったのだ。つまり「私」は、幼少期に愛してくれた想像的な〈母〉たちの特徴を合わせもつ女性を、ロマンティックな恋愛の対象としていたのである。

 「私」のこの発見により、潜行していた愛の主題が再浮上したところで、小説『思い出』は終わる。「私」のロマンティックな恋愛は、想像的な〈母〉たちに似た対象に「思い出」を与えることで、かつて自分に「思い出」を与えた愛を取り戻そうとする試みであったのかもしれない。しかしそのことに気づいたところで、「私」にはもうどうすることもできない。『思い出』という小説は、「私」が愛を二度失う物語であるといえよう。一度目は自分に「思い出」を与えてくれた愛を、そして二度目は他者に「思い出」を与えようとする愛を。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

記憶を与える(太宰治『思い出』論) documents/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる