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zoom RSS エミール・ゾラ「演劇における自然主義」内容のまとめ

<<   作成日時 : 2017/01/22 14:18   >>

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エミール・ゾラ「演劇における自然主義」(1879年)
内容のまとめ

テキスト 佐藤正年編訳『〈ゾラ・セレクション〉第8巻 文学論集 1865-1896』(藤原書店、2007年)所収
エミール・ゾラ(1840-1902)

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   1 自然主義とは何か


 まず、「自然主義(ナチュラリスム)」という言葉に関する同時代の批判に応じる中で、自然主義は真実すなわち自然を基盤とするものであり、文学理念として必然性をもつ、ということが述べられる。
 批判者は、「自然主義の理念は当たり前のものにすぎず、いってみれば文学は最初の作品から自然主義であり、今さらそんな言葉を出してくる必要はない」というが、真実は進化の歴史の中で多様な形をとるので、ホメ―ロスの自然主義と現代の自然主義はちがう。
 (* 歴史と進化を重視。超時間的な考え方を退ける。エス的なものとしてとらえられた進化)

 19世紀後半の自然主義に向けての進化のはじまりは、18世紀フランスの知性の開花である。
 18世紀にはまず科学が開花した。そこでは「総合ではなく分析からはじめる」という方法(研究=実験と観察)が創出され、自然への回帰が起こった。
 科学に次いで文学が、実験的な方法を採用し、空想を脱して自然に回帰するようになった。
 (* 文学と科学の弁証法的関係)
 18世紀の大きな哲学的運動は、人間に関するあらゆる問題を問い直し、解決しようというもので、ここから「人間は自然によって決定され、補われるものである」という自然主義の思想が生まれた。
 この運動が、19世紀後半(ゾラの同時代)の社会を生む。
 そして、この進化こそが自然主義である。
 自然主義とは、自然と人間への回帰であり、実験・観察といった科学的な研究の方法をとって存在するものを受け入れ、描写することである。
 自然主義は、すべてを新しくやり直して、人間を研究する。

 人間精神の自然主義への進化は、フランス大革命(1787-1799)という社会の変動なしにはありえなかった。
 フランス大革命からはまず、古典主義への反動としてのロマン主義が生まれたが、これは行きすぎた前衛であり、すぐに訪れたロマン主義の危機は、大革命後の社会の破局に対応している。
 本当の勝利をおさめたのは自然主義であって、これは科学と理性によって構築される第三共和政(1870-1940、ゾラの同時代)に対応する。

 小説は自然主義の革新の場であり、演劇は自然主義に抵抗する慣習の最後の砦である。
 これから演劇における自然主義について考えるが、比較のために小説の自然主義を確認する。

   2 自然主義から見た現代小説


 フランスの文学は、(1879年の段階では)小説と演劇に分断されている。
 現代小説の淵源は、バルザックとスタンダール(人間を科学的に調査し、自然主義の方式を残した)、フローベール(作品を存続させる形式=文体を自然主義にもたらした)、ゴンクール兄弟(新しい言語を編み出した)である。

 自然主義小説とは、自然(人間や事物)についての調査である。
 自然は充足しているので、自然主義小説においては、想像力や筋といった人工的なものは不要である。
 自然主義に至った小説は、世界の支配者となり、いかなる制限も受けず他ジャンルに介入して富を奪う。
 自然主義の小説は、自然全体(歴史、生理学、心理学、詩、政治学、社会経済学、宗教、風俗などの領域)の中を自由に動き回る。
 旧来の小説は想像力の所産であり、娯楽でしかなかったが、現代の小説は人間と自然界を説明する現代の道具である。

 自然主義小説は没個性であり、判断・結論づけをせず、道徳的評価をしない。
 科学者のように不介入の姿勢をとる自然主義小説家の没個性からは、道徳性の問題が出てくる。
 自然主義小説の道徳性とは、真実を伝えることである(「これがありのままの事態である。その心構えで臨んでいただきたい」)。

   3 自然主義から見た現代演劇

 フランスの演劇歴史を確認すると、古典主義演劇(喜劇と悲劇)からロマン派正劇へ移り、そののち自然主義へ移ろうとしている。
 1879年の段階では、ウジェーヌ・スクリーブ(1791-1861)の後継者ヴィクトリヤン・サルドゥー(1831-1908)、アレクサンドル・デュマ・フィス(1824-1895)、エミール・オジエ(1820-1889)がいるが、みな十分に自然主義演劇を表現できていない。

   4 私が現代演劇に期待するもの、および俗流批評のいわゆる演劇の存在条件

 演劇は小説に比べて遅れているが、自然主義に向けて進化せねばならない。
 そのためには、自然主義の小説家たちを参考にすればよい。 
 ゾラが同時代の演劇に期待するのは、以下の8点である。

 @ 現実から取られ科学的に分析された生身の人間を舞台に立たせること。
 A 架空の紋切型的な人物を登場させないこと。
 B 登場人物たちが環境によって決定され、固有の気質の論理と結びついた事実の論理に従って行動すること。
 C ごまかし(「魔法の杖」)を用いないこと。
 D 荒唐無稽な筋を作らないこと。
 E 月並みな涙や笑を放棄すること。
 F 美文調から解放され、真摯な調査から引き出された恐ろしい教訓(事実にもとづいた高い道徳性)を含むこと。
 G 小説において果たされた進化を演劇も果たすこと。

「演劇には、嘘や現実離れしたもの(ロマネスク)が必要であり、舞台上の制約もあるので、これ以上自然主義的になることはできない」と批判者はいうだろう。
 社会の進化の段階と文学ジャンルは相関する。
 演劇が「嘘をつかねばならない」という存在条件に固執するのであれば、自然主義への進化から取り残され、劣ったものとされることになるだろう。
 誰か天才が斬新な様式を確立し、来るべき世代を引っ張って行くことが必要だ。
 (* 実際1879年、イプセンの『人形の家』が上演され、演劇は変わりはじめる)

   5 自然主義演劇とはどのようなものか


 演劇は進化していくだろう。
 演劇には独自の特性(観客に即座に及ぼす効果、明晰さと簡潔さを求める観客)があり、小説とはちがう形で自然主義化するだろう(短時間での分析)。
 (* イプセンの「分析的手法」)
 人間を自然や固有の環境の中に置き直し、人間を決定するあらゆる原因に分析を広げるなら、古典主義的方式が自然主義の中によみがえるだろう。

 舞台装置は描写として、演劇の本質的な存在条件である。
 そのほか、場所と時間の処理、言葉の問題(「話し言葉の要約」を書くべき)、登場人物の問題などがある。

 自然主義は慣習と対立する。
 フランスの演劇は、自然主義にならなければ死滅するだろう。

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