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みんなの「演劇」ブログ

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エミール・ゾラ「演劇における自然主義」内容のまとめ
エミール・ゾラ「演劇における自然主義」内容のまとめ エミール・ゾラ「演劇における自然主義」(1879年) 内容のまとめ ...続きを見る

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2017/01/22 14:18
イプセン『人形の家』について
イプセン『人形の家』について テキスト ヘンリック・イプセン、矢崎源九郎訳『人形の家』(新潮文庫、1953年) ...続きを見る

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2016/12/17 23:47
無意識の光(メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について)
無意識の光 ―― メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について ...続きを見る

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2016/05/27 18:57
「私の好きな現代戯曲」ーー『しあわせな日々』
「本読み会」さんのウェブサイトの「私の好きな現代戯曲」というコーナーに、文章を掲載していただきました。 ベケットの『しあわせな日々』についてです。 ...続きを見る

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2015/11/29 12:19
唐十郎論――肉体の設定(5)
唐十郎論――肉体の設定 ...続きを見る

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2015/11/07 21:59
唐十郎論――肉体の設定(4)
唐十郎論――肉体の設定(4) 唐十郎論――肉体の設定 ...続きを見る

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2015/11/07 20:29
唐十郎論――肉体の設定(3)
唐十郎論――肉体の設定(3) 唐十郎論――肉体の設定 ...続きを見る

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2015/11/07 20:15
唐十郎論――肉体の設定(2)
唐十郎論――肉体の設定(2) 唐十郎論――肉体の設定 ...続きを見る

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2015/11/07 19:53
唐十郎論――肉体の設定(1)
唐十郎論――肉体の設定 ...続きを見る

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2015/11/07 19:31
唐十郎『二都物語』について
唐十郎『二都物語』について   1 ...続きを見る

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2015/06/25 17:49
唐十郎『透明人間』について
唐十郎『透明人間』について 唐組 第55回公演 『透明人間』 東京=新宿・花園神社 5月9日(土)10日(日)/15日(金)16日(土)17日(日) 6月6日(土)7日(日)/12日(金)13日(土)14日(日) 東京=雑司ヶ谷・鬼子母神 5月23日(土)24日(日)/29日(金)30日(土)31日(日) 長野=城山公園 6月19日(金)20日(土)21日(日) ...続きを見る

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2015/05/16 15:15
安部公房ワークショップ(演劇) 木村陽子さん・大西加代子さんの回
2015年1月の安部公房の演劇ワークショップ、最終日に行われたトークの回について、簡単なものではありますがご報告させていただきます。 (私は断片的にしかメモを取っていないので、ご報告というよりは感想になります) ...続きを見る

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2015/01/28 10:35
【まとめ】安部公房ワークショップ(演劇) 清末プログラム(1/23-24)報告
2015年の1月に、板橋の小劇場サブテレニアンさんの主催で行われた、安部公房の演劇に関するワークショップにて、私(清末浩平)が単独で担当させていただいたプログラムについての報告です。 ...続きを見る

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2015/01/28 01:33
【参加者募集】安部公房の演劇ワークショップ(1/23-25)
【俳優(志望)の方むけワークショップ参加者募集】 ...続きを見る

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2015/01/18 19:50
【劇評】『ザ・モニュメント 記念碑』
舞台『ザ・モニュメント 記念碑』の劇評を書きました。 小劇場レビューのサイト、ワンダーランドさんに掲載していただきました。 ...続きを見る

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2014/12/24 23:40
唐十郎『特権的肉体論』要約
唐十郎『特権的肉体論』要約 テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/07 14:13
【まとめ】唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み
【まとめ】唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/05 17:29
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(5)
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(5) テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/05 17:17
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(4)
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(4) テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/05 12:51
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(3)
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(3) テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/04 22:58
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(2)
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(2) テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/12/02 12:25
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(1)
唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(1) テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 ...続きを見る

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2014/11/28 17:47
【読書メモ】アリストテレス『詩学』
【読書メモ】アリストテレス『詩学』 アリストテレス『詩学』 テキスト=松本仁助・岡道男訳『アリストテレース 詩学・ホラーティウス 詩論』岩波文庫、1997年 ...続きを見る

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2014/11/22 16:40
劇団唐ゼミ☆『夜叉綺想』プレビュー公演
 6月20日、劇団唐ゼミ☆の第22回公演『夜叉綺想』、横浜プレビュー公演に行ってきました。 ...続きを見る

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2013/06/21 14:39
安部公房論―演劇編―
■安部公房の演劇活動 ...続きを見る

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2011/02/12 21:25
安部公房論―演劇編― (5)〜 メモ
▼初期の安部にとって重要だったもの……ブレヒト的異化 ...続きを見る

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2011/02/11 01:35
安部公房論―演劇編― (4) 中期の安部における政治性
 以上(2)と(3)で、「安部システム」成立直前(1967年)の安部公房の、演劇上の問題意識を見てきたわけだが(『友達』においても『どれい狩り』改訂版においても、疎外状況の告発それ自体に淫しているように見えかねぬ態度が、切断されている)、このような準備作業を受けて、先へ進まねばならない。 ...続きを見る

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2011/01/26 07:52
安部公房論―演劇編― (3) 戯曲『どれい狩り』改訂版について
 次に、『友達』と同じ1967年に発表された、『どれい狩り』の改訂版へと話を移そう。 ...続きを見る

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2011/01/26 07:43
安部公房論―演劇編― (2) 戯曲『友達』について
 安部公房にとっての演劇的な下部構造である俳優の問題、そして「安部システム」の問題を論じることが、本稿の目標である。  しかし、それを論じるには、準備作業として、1970年代に「安部システム」が形成されてゆくまでの、演劇の分野における経緯を検証しておく必要がある。  そこでまず、1960年代後半の安部の戯曲の考察へと迂回しよう。  というのも、安部の中期への転回は、当然ながら戯曲という分野においても起こっており、そのあり方をここで確認しておけば、70年代以降の安部の演劇活動全般を捉える助け... ...続きを見る

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2011/01/25 20:58
安部公房論―演劇編― (1) 安部作品の下部構造
安部公房論―演劇編― (1) 安部作品の下部構造  安部公房は、特に1970年代、機会あるごとに演劇について論じていた。  安部の文章は、どれも明解な論理に貫かれたクリアなものであり、彼の演劇論も、内容としては――コンスタティヴな水準では――理解しやすいものだ。  しかし、なぜ安部は演劇論を多く発表したのか、特に、なぜ「安部システム」なる方法を打ち出さざるをえなかったのか、という問いをひとたび問うてみると――パフォーマティヴな水準を問題にすると――、これに答えるのは容易ではあるまい。 ...続きを見る

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2011/01/15 02:41
安部公房の演劇活動 (4) 1970年代後半
 さて、肝心の安部公房スタジオであるが、1973年から79年にかけて活動したこの劇団も、安部の作家としてのキャリア全体がそうであったように、先の見えない試行錯誤の中で仕事の内容を変えていった。 ...続きを見る

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2011/01/07 19:50
安部公房の演劇活動 (3) 1960年代後半〜1970年代前半
 1966年、安部は音楽教育で有名な桐朋学園大学と千田の劇団俳優座とに働きかけ、俳優座の養成所を桐朋学園大学短期大学部芸術家演劇コースへと編成し直して、自ら教授として就任している。  この大学での教授業を通して、安部は自らの演劇論を次第に体系化してゆくことになるし、また、桐朋学園の学生から安部の演劇の信奉者たちも現れ、のちに安部の劇団へ入団してゆく。 ...続きを見る

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2011/01/07 19:42
安部公房の演劇活動 (2) 1960年代前半
 さて1960年代に入ると、安部公房は作家として大きな転機を迎えることになる。  その最大の記念碑が、1962年発表の『砂の女』である。  後に数十カ国語に翻訳され安部の世界的名声を確固たるものにしたこの作品の陰には、安部と日本共産党との訣別があった。 ...続きを見る

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2011/01/07 19:35
安部公房の演劇活動 (1) 1954年〜1959年
安部公房の演劇活動 (1) 1954年〜1959年  1954年(昭和29年)12月、雑誌「群像」に一編の戯曲が発表された。  『制服』と題されたそのテキストの作者は、3年前に芥川賞を受賞し、戦後文学の中でも特にアヴァンギャルドな作家として精力的に多くの作品(主に短編小説)を発表していた、小説家安部公房。  彼にとって『制服』は、初めて書く戯曲であった。  雑誌掲載時の文末には「「劇団青俳」上演予定作品」と記載されており、実際、5景構成であった初稿の『制服』は直ちに3幕7場に書き換えられた上、翌年の3月に新劇の劇団「劇団青俳」によって上演さ... ...続きを見る

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2011/01/07 19:23
(全)父の名をかたることなく(3/3)
10――遅れ ...続きを見る

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2010/11/25 19:03
(全)父の名をかたることなく(2/3)
6―――去勢を拒む多数のペニス ...続きを見る

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2010/11/25 19:00
(全)父の名をかたることなく(1/3)
  Contents: ...続きを見る

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2010/11/25 18:56
父の名をかたることなく(12)註と情報
父の名をかたることなく(12)註と情報   テキスト ...続きを見る

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2010/11/25 18:02
父の名をかたることなく(11)遅れた者の倫理
父の名をかたることなく(11)遅れた者の倫理  1960年代後半から1970年代前半、学生運動に象徴されるように、革命的な熱が社会を覆う時代があった。それは欺瞞的秩序の打倒を目指す政治の季節であると同時に、演劇における旧体制の転覆を図る「アングラ演劇」なるものの季節であった。演劇革命としての「アングラ演劇」は、革命的政治運動と一種の連帯関係を結びつつ、あの「熱い時代」に空前絶後の隆盛を極めた。そして、演劇作家としての唐十郎は、何よりもその時代の代表者である。…… ...続きを見る

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2010/11/25 17:59
父の名をかたることなく(10)遅れ
父の名をかたることなく(10)遅れ 人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に、自分で選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。そして、生きている者たちは、自分自身と事態を根本的に変革し、いままでになかったものを創造する仕事に携わっているように見えるちょうどそのとき、まさにそのような革命的危機の時期に、不安そうに過去の亡霊を呼び出して自分たちの役に立てようとし、その名前、鬨の声、衣装を借用して、これらの由緒ある衣装に身を包み、借り物の言葉で、新しい世界史の場面を... ...続きを見る

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2010/11/25 17:57
父の名をかたることなく(9)父の名をかたることなく
 第三幕中盤、洋一に「僕を返してほしいんです」と言われたお瓢は、洋一を演じる権利を剥奪される。それでも洋一との繋がりを諦められないお瓢は、どうすればもう一度洋一を演じることができるかを思案し、洋一に固有な何かを手に入れることで自分を洋一に類似させればよい、と考えるようになる。これは荒唐無稽な発想ではあるが、追い詰められたお瓢が捻出した切実な回答でもある。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:49
父の名をかたることなく(8)主体化のオルタナティヴ
 さて、『下谷万年町物語』の夢は想像界の色に染めあげられ、そこには象徴的な父およびその代理がいないのであった。父の名において去勢を行う人物を、本稿では象徴的な父の代理と呼ぶが、それはつまり、前々節(6)の最初に述べたような、1970年代の唐十郎作品に登場する典型的な悪役のことでもある。そういった人物がいなければ、去勢は行われない。そして、人間は去勢されることによってこそ主体化することができると説くのが、精神分析の理論である。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:46
父の名をかたることなく(7)衝突しあう想像界たち
 主人公たちの想像界が象徴界からの攻撃を受ける、というのが1970年代の唐十郎作品の典型的な構造であった。それに対して『下谷万年町物語』では、各々の登場人物の想像界どうしが衝突しあう。ここではそのありようを、注射器という小道具を通して見ておこう。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:42
父の名をかたることなく(6)去勢を拒む多数のペニス
教授 もう、肉をかめまい。 乱腐 歯をね。 珍腐 歯を全部ぶっかいてやりましたから。 淫腐 歯が悪かったんですね。        (唐十郎『唐版 風の又三郎』【8】)  本稿の筆者は以前、唐十郎の1970年代の戯曲に関して、ジャック・ラカンの三界理論との類比関係を指摘した【9】。男女ひと組の主人公たちを甘やかな空想によって結びつける想像界と、その空想を社会の現実原則によって破壊しようとする権力的な象徴界と、外傷の痕跡を通して間歇的に舞台上に噴出するおぞましきものとしての現実界、この三幅... ...続きを見る

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2010/11/25 17:38
父の名をかたることなく(5)夢と記号
 また、『下谷万年町物語』と『乱歩の恋文』との劇としての手触りの差は、記号の扱い方にも現れている。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:34
父の名をかたることなく(4)夢と秩序
 『下谷万年町物語』は、プロローグとエピローグを見れば分かるように、大人の文ちゃんが少年時の体験を回想し、その回想の中で少年の文ちゃんが行動するという、枠物語あるいは劇中劇の構造によって全体が成り立っているが、この劇中劇を我々は、一種の夢として捉えることができる。というのも、プロローグの場面で少年の文ちゃんが登場するときの「布団をゆっくり、はいで、一人の少年が起き上る」というト書きや、少年の文ちゃんの「僕はもう眠らなくてもすむんです」という台詞が、眠りというモティーフをはっきりと提示しており、大... ...続きを見る

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2010/11/25 17:28
父の名をかたることなく(3)あらすじ
 プロローグ。【4】 ...続きを見る

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2010/11/25 17:24
父の名をかたることなく(2)設定
 はじめに、『下谷万年町物語』のあらすじを追うための前段階として、劇にとっての現在の時間が始まる以前の諸設定を解説しておく。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:20
父の名をかたることなく(1)前置き
父の名をかたることなく(1)前置き  本稿がとりあげるのは、劇団唐ゼミ☆の第18回公演『下谷万年町物語』である。2010年11月に、物語の舞台となった瓢箪池の跡地の近く、浅草の花やしき横を公演場所とし、特設テント劇場で上演された。 ...続きを見る

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2010/11/25 17:16
父の名をかたることなく(0)目次
 (1) 前書き http://42286268.at.webry.info/201011/article_2.html ...続きを見る

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2010/11/25 17:00

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