『終りし道の標べに』真善美社版 内容の整理 (3) 第二のノート

安部公房『終りし道の標べに』真善美社版
内容の整理 (3) 第二のノート


テキストには、講談社文芸文庫『<真善美社版>終りし道の標べに』(1995年)を用いる。
各項目の頭の記号は、[講談社文芸文庫のページ数 / 安部公房全集(新潮社)第001巻のページ数・段]。
・たとえば「■[6 / 272]」とある場合、講談社文芸文庫では6ページ、安部公房全集第001巻では272ページ。
・たとえば「▼[9~11 / 273上~274下]」とある場合、講談社文芸文庫では9ページから11ページ、安部公房全集001巻では273ページの上段から274ページの下段。


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■[69~138 / 307~344] 「第二のノート」(副題:「書かれざる言葉」)

「第一のノート」の2ヶ月後、すなわち、翌年の2月の9日あたりに、「存在象徴の統一」(自己承認)、および新たな生の創造を目的として書かれた。
「第一のノート」を書いた時点での「私」にとって、この「第二のノート」を書くことこそが、真の目的だった。
このノートが書かれるまでの経緯――
「第一のノート」を書き終わった後、「私」はただ阿片に溺れるだけの日々を送る。
1ヶ月が経過し、阿片に慣れてきた頃、陳が「第一のノート」を無断で持ち去る。
陳は、「第一のノート」に「私」の「秘密」が書かれていると思い込んだのである。
ノートは日本語で書かれており、中国人の陳には読めないのだが、
「私」は、陳がノートから「秘密」を読み取ろうと悪戦苦闘している間に、まずは頭の中でしっかりと過去(旅に出るまでのいきさつ)を回想しておこうとする。
阿片の力を借りて、「青い手帳」の時代の思い出の中に入り込む「私」。
記憶を辿る中で、「存在象徴の統一」のための準備が、次第に整えられてゆく。
こうしてさらに1ヶ月が過ぎ、判読をあきらめた陳が「第一のノート」を「私」に返してきた。
おそらくこれから阿片の供給量が減らされ、禁断症状によって「秘密」の告白を迫られることになるだろうと思った「私」は、
阿片を享受できるうちに自分の試みを形にしようと、「第二のノート」を書き始める。
では、そもそも「私」は何がしたいのか――
「私」の計画は、次のような段階を辿って成就することが見込まれている。
(1) 頭の中で「青い手帳」の時代(20年前、旅に出るまでのこと)を回想する
(2) (1)をノートに書くことで、「青い手帳」を復活させ、修正する=「存在象徴の統一」
(3) (2)の結果、旅に出なかったもうひとつの人生を、ノートの中に作り、そこに生きる

このうちの(1)は、「第二のノート」が書き始められた時点で、おおよそ終了している。
(2)の「存在象徴の統一」について、その概念を確認しておくと、
「象徴」とは、観念をイメージで表したもの、観念とイメージがゆるく結合したものである。
「存在象徴」とは、存在を指し示す観念とイメージの結合体である。
「存在象徴の統一」とは、「私」が存在に対して抱く観念・イメージと、現実の「私」の存在している様(「《斯く在る》」と表現されている)とを、合致させることである。
「私」は、(1)で回想しておいた自分の過去を、意味づけし直しながらノートに記述してゆくこと(「青い手帳の修正」)によって、「存在象徴」と「《斯く在る》」との合致が順次為されてゆくであろうと考えている。
そうして(2)が終わったとき、「私」の旅立ちの瞬間が文字どおり書き換えられ、20年にわたる無意味な旅を無かったことにして、新しい生を手に入れることができるのではないか、というのが、(3)の段階である。
あまりにロマンティックで非現実的な希望だが、「私」は、阿片の陶酔による想像の中での出来事にすぎなくても、これを達成できればよしとする、というスタンスである。
このようなわけで「私」は、(3)を目指して(2)を始めるのだった。

▼[71~75 / 307上~309下]
「第一のノート」を読み直し、表紙に「終りし道の標べに」と題を書き入れ、「第二のノート」を書き始める。
▼[75~76 / 309下~310上]
過去の焦点である「彼女」(与志子)に、「お前」と呼びかけるところから、過去の記述を始める。
▼[76~80 / 310上~312上]
「私」の部屋に与志子がやって来たときのことを回想。
「私」と与志子は、書類上の兄妹にされそうになっており、そのことに反対するため、与志子は私の部屋を訪れた。
▼[80~81 / 312上~313上]
与志子と出会うまでの、「細く罫の入った日記帳」のような「私」の生活を回想。
少年期から青年期にかけての「私」は、初恋の経験をもとにして、観念的に愛について考えた後、その愛を思い断って、哲学的探究を始めたが、また別の愛に囚われることになるのではないかと、不安な思いを抱いていた。
恋愛に対して過剰な期待や恐れを抱く哲学青年の心が、抽象的であいまいな言葉によって書かれている。(本人が書いているのだから無理もない)
そんなある日「私」は、志門という友人と8年ぶりに再会し、彼の紹介で与志子と会うことになる。
▼[82~90 / 313上~318上]
医者になった志門との、8年ぶりの再会を回想。
「私」と志門は「私」のアパートの部屋へ行き、共通の初恋の思い出を発端として、「愛の問題」について語り合う。
▼[90~99 / 318上~322下]
「私」のアパートを出た2人は、夕暮れの道を散歩する。
志門は歩きながら、「小さな神様」という概念を披露。
志門によれば、「神」とは、生への無条件な信頼と肯定を広く人間に与える者だが、
現代にはもう「大きな神様」はおらず、それぞれの人間が、自分ひとりだけを独自のやり方で肯定する「小さな神様」になってしまう。
また志門は、自分の間借りしている家の娘を愛していることを「私」に告白するが、
その告白が「小さな神様」の話の流れで為されたことから、志門の愛し方は独特で奇妙なものだろうと推し量られる。
志門は、相談したいことがあるから家に寄るようにと「私」に言う。
▼[99~101 / 322下~324上]
志門の間借りしている家を訪れ、与志子に会って、「一瞬にして生涯消すことの出来ぬ印象を受けて」しまう。
▼[101~110 / 324上~329上]
志門の部屋で、相談を受ける。
与志子の母親(夫人)は重病で、もう長くはない。
19歳の与志子には後見人が必要であり、夫人は、志門が与志子と結婚してくれることを望んでいる。
しかし、志門は与志子を愛しているものの、与志子が自分を愛さないのではないかと恐れるあまり、与志子のために別の男を用意したいと思っていた。
そこで偶然再会したのが「私」だった、というわけで、志門は「私」に、
夫人の遺言状の後見人の欄に署名し、与志子を「妹」とすること、
そしてできれば「それ以上」の関係になることを依頼する。
たいへん屈折し倒錯した心理であり、また、いかにも「小さな神様」らしい身勝手な計画である。
「私」は苦しくなり、諾否も告げずにその家を出るが、一夜明けると、与志子のことを忘れられなくなっている自分に気づく。
(この後、「私」は志門の依頼を受け入れ、それを知った与志子は、「私」の部屋を訪問する[76~80 / 310上~312上])
▼[110~111 / 329上~329下]
阿片が切れかけ、現在に戻る。「第二のノート」を書き始めた日の日没後。
「秘密」を餌にして、陳から阿片をもらおうと心に決める。
▼[111~113 / 329下~330下]
翌日、「俺は秘密を書く」「書いたら読んでやる」と言って陳を騙し、阿片の供給を受ける。
阿片を吸った後、焦りと使命感を抱いてノートを書き続ける。
▼[113~118 / 330下~333下]
「署名の場面」の回想。
志門の誕生日に家に招待され、行ってみると、夫人の容体が急変している。
志門は、後見人の欄に「私」の名前が書かれた遺言状を、夫人に差し出す。
夫人はそれに署名した後、息を引き取る。
▼[118~120 / 333下~334下]
翌朝、志門は置手紙を残し、家を出る。
代わりに「私」が家に残り、与志子と2人で奇妙な生活を送ることになる。
▼[120~125 / 334下~337上]
1ヶ月後、「私」は与志子から手紙を受け取る。(一緒に暮らしているのに、である)
その手紙の中で与志子は、
何か難しいことを考えては「青い手帳」に書きつけてばかりいる「私」を心配し、
哲学のことばかり考えていると、頭がおかしくなってしまうのではないか、
愛(与志子)を取るか哲学(存在の探究)を取るか、どちらかを選んでほしい、
というようなことを言っているのだが、
与志子があいまいに書いているせいもあって、「私」にはその真意が分からない。
▼[125~128 / 337上~339上]
「私」が手紙を読み終えたところに、ちょうど気持ちの整理がついたらしく、志門が1ヶ月ぶりに帰ってくる。
手紙について志門に相談すると、志門は「与志子は君を愛しているのじゃないか」「君達は両方愛しようとし合っている」と指摘。
だが「私」は、与志子の手紙も志門の言葉も、素直に受け入れることができない。
▼[129~130 / 339上~340上]
その後、「私」と志門と与志子の3人での生活が始まったが、
与志子の手紙を読んで以降、「私」は存在の探究に行き詰まりを感じ、とうとう「青い手帳」の続きを書けなくなってしまった。
「私」は、自分の中でもつれにもつれた存在の問題と愛の問題を純粋化するために、
それまでの存在の探究と愛を一度リセットして、旅に出ることを決意する。
▼[130~135 / 340上~342下]
現在に戻る。陳が「私」の部屋にやって来る。
「私」は、まさにこれから先、旅に出なかったもうひとつの人生をこそ書かねばならないのだが、
陳が部屋にいるせいで集中できず、焦る。
(このときに書けなかった、新しい生をフィクションとして仮構する言葉のことを、「第二のノート」に付けられた「書かれざる言葉」という副題が指示している。ちなみにこの副題は、「第二のノート」が完成した後に書き込まれたものであるはずだ)
そして阿片を吸いすぎて、判断力が低下し、
「第一のノート」と「第二のノート」を中国語に翻訳しながら、陳に読み聞かせてしまう。
「私」はそうすることで、これまで書いてきた過去に命を吹き込んだつもりだったが、
読み終えると違和感を覚える。
また、もちろん陳は「秘密」などなかったことを知ってしまったわけで、何も言わずに部屋を出て行く。
「私」はひとり残され、ここまでの出来事を「第二のノート」の続きに書き、新しい生が始まるのを待ちながら、いつしか眠ってしまう。
▼[135~138 / 343上~344下]
数時間後に目覚めると、「私」は、高(「私」と一緒に陳に捕まった男)の囚われている土牢に移されていた。
ただ、布団の中には以前と同じようにピストルとノートがあったので、
「私」は「書くという生の繋りへの名残り惜しさ」だけで、もはや書く必要もない「第二のノート」の続きを書き始める。
高は日本語を知っており、「第一のノート」を読み始める。
「私」はやがて、「こんなことを書くのだって無駄ではないだろうか」と思い、想像の世界(始まるかも知れない新しい生)に赴くために、鉛筆を置く。