安部公房ワークショップ(演劇)報告 (2) 「ニュートラル」を作る

■■「ニュートラル」とは何か

最初の実践的メニューは、「ニュートラル」を作る、というものです。
さて、「ニュートラル」とは何なのでしょうか。
それは、安部公房の考える演技の「基本条件」であり、舞台上の俳優の身体はいかなるときもこの状態を維持していなければいけません。
それがどんな身体の状態かというと――
身体が生理的にリラックスしていながら、同時に自分の置かれている時間と空間に対して深く集中している状態(「状況とのかかわりあいの深さ」)のことを、安部は「ニュートラル」と呼びます。
そして、この「ニュートラル」の状態を利用すれば、俳優は舞台の上に存在しているだけで観客の興味を惹くことができる、と安部はいいます。
安部は、「ニュートラルなものは、かならず人をひきつける」と断言します。
それがなぜなのかは、こちらで推測しなければならないのですが、
おそらく以下のように、安部の批判する新劇の演技(「型芝居」「気持芝居」)と比較すると、「ニュートラル」がなぜ観客の興味を惹くことができるのかが分かると思います。

安部にいわせると、従来の新劇の俳優は、
「文学的」な戯曲の「意味や筋書の運搬人(説明役)」として扱われているせいで、
自分が置かれている状況と、生理的に(身体的に)深く関わることができていません。
つまり、従来の新劇の俳優の身体は、
・「意味や筋書」を伝えなければならないという芝居の外の(身体が置かれている状況と直接的に無関係な)目的のために、変に緊張しているし、
・また、自分を取り囲む時間と空間に対する、一個の有機体としての集中を持っていない
言い換えると、舞台上の状況(時間と空間)の中にちゃんと存在していないわけです。
そのぶん、従来の新劇の俳優は、「型」(うまいとされる演技のパターン)や「気持」(戯曲の文学的解釈を通して得られる心理)に頼ってしまうわけですが、
安部からすれば、そういう演技はリアルではないし、面白くないのです。

一方、「ニュートラル」な状態にある俳優は、
余計な緊張に縛られずリラックスしているし、
自分の身体の置かれている時間と空間に対して集中している。
その状態はリアルであり、観客に飽きられることなく、「その瞬間々々における状況との関係」自体を「表現として自立させる」ことができる、と安部は考えました。

――まとめると、「ニュートラル」とは、
従来の新劇の演技への不満から安部が考え出した、俳優の身体の理想の状態であり、
それはつまり、舞台の上の状況に集中しており、かつ間違った(状況に合わない)こわばりを持っていない、ひとりの人間(というか、一個の有機体または一体の動物)としてのリアルなあり方のことです。

安部は何よりもまずこの「ニュートラル」の状態を作ることが大事だといいます。
そしてもちろん、「ニュートラル」は「型」(パターン)や「気持」(心理、感情)から作ることはできません。
安部は、「生理」として「ニュートラル」の基本状態を作る方法(というか、定義)をはっきりと書き残しています。

■■「ゼロのニュートラル」の作り方

まず俳優たちに、各自、好きな場所、好きな姿勢を自由に選ばせる。
現に聞えている物音に集中させる。(何種類の音が聞えているか?)
次に、聞えている音を、一つ一つ消していくように注文する。むろん非常に困難なことだ。目にうつる物なら、目を閉じれば消えてしまうが、音は勝手に向うから入り込んでくる。消そうと思えば、かえって聞えてくる。いちばんいい方法は、現に聞えている音の中から、比較的聞き分けやすく、持続的な音を選び出し、それに集中することで他を押しのけることだろう。この作業は想像以上に緊張と集中を必要とする。
その集中している状態を、内側からよく観察してもらっておく。音に対する集中が、体の他の部分を完全に解きほぐしてしまっているはずだ。そのときの生理感覚をよく記憶させておく。今後、その状態を「ニュートラル」な状態と呼ぶことにする。
(「ニュートラルなもの――周辺飛行17」)


なぜこのような状態を「ニュートラル」と呼べるのかは、以下のように説明されます。

全身のエネルギーが、音の識別のために完全に使い果されてしまっているので、他の生理機能は、ひどいエネルギーの節約状態だ。一見バランスを失った、不自然な状態にも思えるが、見方を変えればこれほど自然な状態もないのである。
水滴は、表面張力のせいで、表面積を最少にしようと球状になる。外圧が作用しなければ、完全な球体になる。このエネルギー最少の法則は、人間の運動(状況との関係によって規定された存在の形式)にもそっくり当てはまるはずだ。その行動にエネルギーを割くために、他の部分では抑制がおこる。その抑制を明示することによって、集中の方向(状況との関係)を表現し、伝達しようとするのが、ニュートラルな演技術のとりあえずの目的だったわけである。
(「再び肉体表現における、ニュートラルなものの持つ意味について。――周辺飛行18」)


要するに、その状況における音に対して意識を極度に集中させているため、身体の他の部分がリラックスしているわけで、この集中とリラックスの共存する状態は「ニュートラル」と呼べる(というか、これを「ニュートラル」と呼ぶことにする)というわけです。

ちなみに厳密にいうと、この状態は「ニュートラル」の中でも最も基本的な「ゼロのニュートラル」というものであり、
実際の演技においてはこの「ゼロのニュートラル」を「無数の」ニュートラルへと動かしていくことになります。

ともかく、俳優が演技をするときには、まずはこの状態に入らなければならないということです。(状況に合わない緊張を取り払い、状況に対して集中するため)
私の感想としては、メソード演技の「リラクゼーション」の効果と似ているところもあります。
(スタニスラフスキーをお手本にした安部公房は、同じくスタニスラフスキー・システムから派生したメソード演技の技法を参考にしたのでしょうか。これについては調べる必要があります)
また、安部はこの状態を、ボクサーの機敏な身体から発想したようでもあります。
(演劇をボクシングに喩えたブレヒトの影響を、ここに見ることができます)

もう一度まとめると、おそらく「ニュートラル」というのは、
舞台上の状況に対して集中力を高めること
舞台上の状況に合わない緊張を持ち込まないこと
なのだと思います。
つまりそれは、ごくありきたりな言葉でいうと、
舞台上にリアルに生きること
といってよいでしょう。
ただし、「リアルに生きる」ことに「型」や「気持」を持ち込まないために、安部は「生理的に」という但し書きをつけるわけです。

■■実際に試してみて

さて、上に引用した方法を用いて、実際に参加者の方々に、「ニュートラル」の状態に入れるかどうか試していただきました。
(ちなみに、静かな会場だったため、逆にやりづらいようでしたので、スピーカーから街角の環境音を流して行いました)
やはり、聞こえる音を意識から完全に消す、というのは難しいようでしたが、
それでも、日常生活の感覚よりも研ぎ澄まされた状態に近づく感じは味わっていただけたようです。
そしてその感覚は、それぞれの俳優さんが普段行っている訓練の目指しているものと同じだったり、先輩の俳優さんからつねづね言われていることと通じていたりするらしく、かなり普遍性のあるもののように思われます。

このメニューは急いで行っても意味がないような性質のものだと思われましたし、区切るたびに参加者の方々の感想を聞いて話し合いましたので、なかなか時間がかかりました。
集中法・リラックス法として有効性もありそうですので、お家などでゆっくり試してみていただきたいと思います。

■■大西加代子さんに伺いました

今回の企画の最終日に、安部公房スタジオで実際に「安部システム」の訓練を受けていらっしゃった大西加代子さんがいらっしゃったので、
私は、「安部システム」の演技の基盤となるこの「ニュートラル」について、実際にはどのような訓練が行われていたのかを質問させていただきました。
そこで大西さんは、会場でその方法を再現してくださったのですが、私がワークショップで試してみたのとほぼ同じ方法でした。
大西さんに教えていただいて、新しく分かったのは、以下のようなことです。
・本来は歩きまわりながら行う。
・目は閉じる。
・すべての音を消さなくてもよい。
・突発的な音に意識が反応してしまうのは仕方がない。
・ひとつの音に絞った状態と、すべての音を聞き分ける状態との間を、指示に従って往復する。
・自分の姿勢(特に身体の前面と背面の筋肉のあり方)へと意識を向ける。

さて、私はこの「ニュートラル」という訓練について、以下の2つの疑問を持っていました。

Q1:安部公房はこの訓練を、どの時点で思いついたのか。
Q2:安部公房スタジオでは、この訓練はいつも行われていたのか。


というのも、この訓練はかなり極度に抽象的なものなので、
(1)「安部は他の具体的な訓練メニューをいろいろやっているうちに、そこから抽象するような形で、このメニューを考えついたのではないか(つまり、演技の基盤としての「ニュートラル」は、後から発見されたのではないか)」
(2)「そもそもこの音への集中によるニュートラルは、思考実験のようなものであり、安部公房スタジオの実際のメニューではなかったのではないか」
というふうにも思われたからです。
私は上の2点についても、大西さんに個人的に質問しました。
すると、

A1:音への集中による「ニュートラル」の訓練は、最初の時点からあった。
A2:安部公房スタジオでは、いつもこの訓練が行われていた。


とのことです。お訊きできてよかったです。