安部公房ワークショップ(演劇)報告 (3) 「ゴム人間のゲーム」

■■夢のような演劇のために

安部公房は、演劇の世界(舞台の上の状況)の自立性を、夢の世界の自立性と似たものとして考え、夢をモデルにした演劇を作ろうと志しました。
従来の新劇、および新劇を含むリアリズムの演劇とは、現実の社会の(危機的な)ある一部分を比率正しくコピーして、舞台上にペーストするようなものとしてモデル化されるといえますが(そのように私は考えます)、
新劇から距離を取ろうとする安部は、現実の一部のコピー&ペーストではなく、舞台の上がまるごとひとつの夢の時空として完結するような、そんな新しいモデルを考えていたのです。

安部は夢の特徴として、「イメージを紡ぎ出す原動力が、概念よりもはるかに強く生理的なものに負っている」という点を挙げます。
つまり、睡眠時の「生理」的な刺戟(寝間着がきついとか、暑いとか寒いとか)が夢に影響するというわけです。
安部にいわせると、夢のイメージは「生理」的だからこそリアルなのです。

そしてやはり安部は、この「生理」という点から俳優について考えます。
夢のようにリアルな演劇を作りたい安部にとって、俳優とは、観客の「生理」にはたらきかけるべきものであり、そのためには「生理」から演技を作らなければならないわけです。
(ちなみに、俳優の演技が観客の「生理」にはたらきかけるということについて、安部は、俳優の筋肉運動がある種の波動となって観客に伝わるようなイメージを持っていました)

さて、以下のメニューは、「生理」から演技を作ることに関わる、「ゴム人間のゲーム」と呼ばれるものです。(「ゴム人間のことなど――周辺飛行15」)

■■例題1

俳優AとBに、こまかい条件を与えず、それぞれ支配する者と、支配される者の役を演じさせてみよう。


この例題を行うと、俳優は「型」「気持」を持ち込み、つまらない演技をするだろうと安部はいいます。
これは次の例題2で発見される「生理」的な演技と比較するための、一種の対照実験のようなものです。
今回のワークショップでは、参加者の方にわざわざつまらない(とされる)演技をしていただくのは気が引けたので、この例題1は説明だけにとどめました。

■■例題2

AとBの関係を、次のように規定する。
 A+B=K
Kは定数である。つまり、Aが大きくなれば、その分だけBが縮小し、逆にBが大きくなれば、Aが縮小するというわけだ。ただしこの関係に、心理的なものを一切持ち込まぬよう、俳優たちによく注意しておきたい。これは単純なシーソー・ゲームなのだ。ゴム人間になったように、拡大も縮小も、単なる物理的な量として理解しなければならない。無意味に馴れることが、この例題の第一歩なのである。
何度か反覆させた後、意識と筋肉の反射がじゅうぶんなめらかになったところで、相手との関係に留意するよううながす。ここでも心理的操作は無用である。全身的な伸縮を、体表面(とくに相手に向かっている面)の伸縮に集中させるだけでよい。しかし明瞭に量的なものから質的なものへの転化が認められるはずだ。一方が拡大した時、他方がゼロになるまで相互の関係を極端にして、その状態での各自の内部[=内面]をのぞき込むよう、指示を与えよ。型芝居や気持芝居では到達できなかった。支配者(もしくは被支配者)の内面を体験できるはずである。
見学の俳優たちに、例題1で示された演技との質的相違を認識させること。


これは実際に、2人一組になっていただいて行いました。
このメニューを行うときのポイントは、次の2点になります。
(1) 相手の身体全体に集中すること。
(2) その状況にない緊張を外から持ち込まないこと。
つまり、これは集中リラックスの訓練であり、「ニュートラル」を身体的に動かす訓練だといえます。
さらにいえば、「面白く見せよう」として「型」(パターン)を持ち込んだり、「何らかの一貫性を見せよう」として「気持」(心理や感情)をあらかじめ用意したりすると、相手への集中が弱まって、変な緊張も感じられ、確かに面白くなくなる――その状況で相手と向き合っているリアル感が薄くなる――のです。
「型」や「気持」を排するというのは、つまり、
演技を正当化してくれそうなものをあらかじめ用意しておく(そして用意しておいたもので演技を染めあげる)のをやめる
ということなんだなと分かってきました。

また、技術的なこととして、以下のようなことがあります。
・基本的にお互いに向きあう
・定数Kを意識する
・視線は基本的に合わせていた方がうまくいく

このメニューはかなり面白いです。
組をシャッフルしながら、そして区切るたびに感想を話し合いながら、いくらでも続けられるものだなと思いました。
また、「支配」と「被支配」といったことにとどまらず、「ゴム人間」どうしの間では、微細だけれども非常に面白い情報がたくさん飛び交っているような気がしました。