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zoom RSS 安部公房ワークショップ(演劇)報告 (5) 「ガイドブック」

<<   作成日時 : 2015/01/28 01:24   >>

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■■「ガイドブック」

以前、「ガイドブック」という劇を上演したときの経験から始めてみよう。「ガイドブック」という題は、じつは内容をあらわす題名ではなく、稽古の方法をそのまま使ったのだ。俳優にそれぞれ、状況を指示したガイドブックを手渡し、その指示に従って自由にアドリブをしながら、相手との関係を経験的に探り出してもらうという方法をとったのである。
俳優AとBに、まるで異質的な指示を与えると、しぜんアドリブによる対話もちぐはぐなものになり、互に相手の立場を突きとめようとして、二人の関係は鋭くとぎすまされる。その緊張から、俳優たちはいやでもニュートラルにならざるを得ない。肉体的にニュートラルになるばかりでなく、言葉の領域でも、主観的な気持芝居は剝げ落ちてしまうのだ。
(「写真のぞき――周辺飛行20」)


台詞の書かれた台本を渡すと、俳優は「型」「気持」を前もって準備してしまうだろうから、
設定と指示だけが書かれた「ガイドブック」を渡して、それに従って演技をさせる、というわけです。
これも、舞台上の状況に対する「集中」、とりわけ相手に対する「集中」が必要になるという点で、「ニュートラル」の訓練の一環だといえます。

そして、安部公房はこのガイドブックのアドリブをもとに、実際に舞台作品を作りました。
以下は、その作品『ガイドブック』についての談話記事です。

[舞台『ガイドブック』は]けいこは始まっているが、脚本はなく、俳優には行動と解釈についての指示書(ガイドブック)が与えられているだけ。たとえば番号一のところに「そこにカバンがおいてあって、それを静かに持ち上げる」と指示があり、俳優はその指示に従って各自がアドリブを言うと、何番目かに「カバンの中にニトログリセリンがはいっている」と別の指示があるという風。
指示は小きざみにしか与えられないが、「なぜ断片的に与えるかというと、行きつく先が俳優にわかると、あらかじめ準備をしてしまう。指示書が状況をねじまげてあり、役者が瞬間にこだわることをいかすために、先の状態がない状態でけいこする」のだそうで、俳優が指示に従って勝手に観察、表現した結果のアドリブはテープに一々録音され、安部氏がそれを逐次活字に起こすさい、取捨したり付加したりで、稽古の進行とともに台本もできるしくみ。
「俳優は与えられたものから可能性を広げるのでなく、最初から可能性を与えられているわけだし、俳優はふつうは脚本をもらってから演技を考えるのが、今回はもらった時にはすべて内側から体験しつくした結果になっている」のが特色。
(「安部公房氏の実験演劇」)


今回、この「ガイドブック」をメニューに組み込むにあたって、私は「安部はどんなガイドブックを作ったんだろう」と思って全集を調べましたが、設定のメモのようなものしか載っていませんでした。
そのメモをもとにして(あるいは参考にして)作ったのが、以下のようなガイドブックです。
2人一組の俳優さんに、それぞれのガイドブックを渡し、まずは1ページ目を読んで(相手には内緒)設定を理解してもらいます。
そしてアドリブで演技を始めてもらい、私からの合図が出るごとにガイドブックをめくって、そこに書かれてある指示どおりに演技を発展させてもらいます。(ページをめくった時点で多少演技が途切れてもよい)

■■シチュエーション@会社の休憩室

これは、1ページ目は安部の全集に掲載されたメモとほとんど同じです。
2ページ以降は、ガイドブックの形にするために私が作りました。

■それぞれの1ページ目

▼A
相手は仕事仲間。
相手からあずかっていた金をつい使い込んでしまった。
(この前の日曜に競馬でスッた)
出来れば隠しておいて、来月の給料から返したい。
しかし、相手は気づいてしまったようにも思われる。
どう言いのがれたものか。ここが思案のしどころである。
職場の休憩室にいる。

▼B
相手は仕事仲間。
相手の態度には、なにかしら気にさわるものがある。
なにか隠し事をしているようだ。
もしかすると、自分の恋人に手をつけたのかもしれない。
なんとかここで、カマをかけてさぐり出してやろう。
相手は職場の休憩室にいるだろうと思い、そこへ行く。

■それぞれの2ページ目

▼A
まずは仕事について、当たり障りのない会話から始めよう。
今日の午前中は忙しかった。
クレームの電話が多かった。
やはり製品に欠陥があるようだ。
何も操作していないのに電源がついているらしい。
危ない。

▼B
まずは仕事について、当たり障りのない会話から始めよう。
今日の午前中は忙しかった。
クレームの電話が多かった。
やはり製品に欠陥があるようだ。
いきなり電源が切れるらしい。
人の命にもかかわりかねない。

■それぞれの3ページ目

▼A
日曜日の競馬で、あずかっていた金の分までスッてしまったことは、何としても隠さなくてはならない。

▼B
先週末、恋人とデートするつもりだったが、ドタキャンされた。
日曜に恋人と相手が密会していたのではないかとうたがっている。
それとなく日曜の話をして、相手が何をしていたか聞き出したい。
相手は競馬が趣味なので、「この前の日曜はまた競馬に行ったのか」とでも聞き、そこから掘り返していこう。

■それぞれの4ページ目

▼A
相手はやはり気づいているようだ。
できるかぎりはぐらかしたい。
それと同時に、本当に相手が気づいているかどうかも、観察して判断する必要がある。

▼B
やはりこの前の日曜があやしい。
ここを具体的にせめよう。
  ↓ 最終的には
「何か隠してること、ない?」

■■シチュエーションA精神病院

これも、1ページ目は安部の全集に載っているメモとほとんど同じです。
2ページ以降は、ガイドブックの形にするために私が作りました。
なお、一部の言葉遣いに多少の問題があるため(作品として発表されたものではないので仕方ないと思います)、改変して掲載します。

■それぞれの1ページ目

▼A
ここは精神病院の病室である。
君はルポをとりに来た記者である。
この病院には、患者をよそおってかくまわれている、殺人事件の犯人がいるらしい。
その犯人は誰だか分からない(Bかもしれない)が、正常な人間のはずである。
とりあえずBが正常かどうか確認したい。
しかし、今のところは、自分も精神病者であるように装わないと、危険である。
新しく入院した患者のふりをして病室に入る。

▼B
ここは精神病院の病室である。
君は誤って精神病者だと診断され、ここに入れられている。
君以外の全員が精神病者であるが、誰ひとり、自分を精神病者だと思っている者はいない。
ひとりで反抗してもここを出られないし、自分以外の患者を刺激するのも危険なので、患者のふりをして脱出の機会を待とう。
今日は同室に新しい患者が来る。

■それぞれの2ページ目

▼A
もし相手が精神病者なら、相手は何か、身体の病気で入院しているつもりでいるはずだ。
何の病気のつもりなのか、刺激しないように聞き出しておこう。
ただ、もし相手が正常な人間なら、殺人事件の犯人でもあるはずだ。
相手が正常ならば、それを見抜かなければならない。

▼B
相手は何か身体の病気で入院したつもりでいるはずだ。
何の病気のつもりなのか、刺激しないように聞き出しておこう。

■それぞれの3ページ目

▼A
相手の受け答えの様子は、とてもまともなもののように思われる。
相手はやはり、殺人事件の犯人なのかもしれない。
だとすると、自分は精神病者をよそおっていなければならない。(刺激しないため)
相手の言うことに対して、とりあえず何でも反対のことを言いつづければ、メチャクチャになって、精神病者だと思ってもらえるだろう。
そうやって精神病者のふりをしながら、相手の様子をうかがっていよう。

▼B
相手はこれまで見てきた精神病者たちと違って、とてもまともに見える。
もしかして正常な人間なのではないか。
正常な人間だとしたら、協力してここから出る方法を見つけられるかもしれない。
相手が正常であることを確かめよう。

■それぞれの4ページ目

▼A
相手はなんだか、君をうたがっているようだ。
極端に精神病者のふりをするのも、わざとらしいのかもしれない。
注意深く対応しよう。

▼B
相手はメチャクチャなことを言うようになった。
逆にあやしい。
しかし、本当に精神病者なのかもしれない。
注意深く対応しながら様子を見よう。

■■シチュエーションB喫茶店

これは私が安部をまねて創作しました。
お互いの目的がすれ違い、しかもお互いさぐりあう必要のある設定を考えるのは、とても難しかったです。
この設定は、リアリスティックに考えるとちょっとありえないのですが、あくまで練習用のものでしかないということで大目に見てもらいたいところです。

■それぞれの1ページ目

▼A
相手とは友人である。
先日、部屋に相手が来たとき、自分が目を離しているすきに、ダンボール箱に隠していた大量の大麻を見られてしまったような形跡がある。
相手がそれを本当に見たか知りたい。
見られていたとしたら、口止めしなければならない。
ただ、「大麻」という言葉を出すとまずいので、「アレ」とだけ言ってさぐることにする。
(小麦粉だとかいう言い訳もしない、ただボカして、なんとなくはぐらかすことにする)
相手を喫茶店に呼び出し、先に待っている。

▼B
相手とは友人である。
先日、相手の部屋へ行ったとき、ダンボール箱いっぱいに自分の写真が入っているのを見てしまった。
(自分がそれを見たとき、相手はトイレに行っていたので、気づかれていないと思う)
相手は自分のことを好きなのかも知れないが、自分にはまったくそんな気はない。
今日は喫茶店に呼び出された。
愛の告白をされるのかも知れない。
いい友達なので、できればはぐらかして、普通の友人関係を続けたい。
少しだけ遅れて喫茶店に入る。

■それぞれの2ページ目

▼A
相手を迎える。
  ↓ ふつうのやりとり
「今日はちょっと、ききたいことがあって」

▼B
喫茶店に入り、遅れたことをわびる。
  ↓ ふつうのやりとり
「何? 話って」

■それぞれの3ページ目

▼A
「アレ」の内容にはふれず、ただダンボールの箱に入った「アレ」を見たかどうか、小出しに聞きつつ相手の反応をさぐる。

▼B
ダンボールの箱に入った「アレ」については内容にふれず何とかはぐらかしたい。

■それぞれの4ページ目

▼A
相手はやはり「アレ」を見たようだ。
中身についてはくわしく述べず、「アレ、何だか分かった?」
さぐりを入れたい。
麻薬だと気づいていないかもしれない。

▼B
自分が「アレ」を見たことを相手は知っているようだ。
中身についてはふれたくない。

■それぞれの5ページ目

▼A
「アレ」は何でもない、特に問題になるようなものではない、と相手に言いたい。
(中身については具体的にいわない)
(中身についての話になりそうなら、話をずらす)

▼B
「アレ」を見たことは、もう相手には知られている。
「どうしてあんなものを」

■それぞれの6ページ目

▼A
「誰にも言わないでくれない?」

▼B
「誰にも言うつもりはないけど……」

画像


■■実際に試してみて

これは準備するのが(ガイドブックを作るのが)とても大変でしたが、けっこう楽しんでいただけたメニューだったのではないかと思います。
ポイントとしては、このメニューは台本を使った練習ではなく、しかも、単なる即興の練習でもないというところです。
・その場の状況と、目の前の相手に集中すること。(観察して、相手の狙いをさぐる)
リラックスして、その場に必要ない緊張を持ち込まないこと。
この2点に重点を置いたメニューとしてとらえなければなりません。

やってみて思ったのは、次のようなことです。
・お互いにさぐりあっているという状況がリアルにあるだけで、十分に面白い。
・しかし、たとえ見ている側にとって面白くないとしても、まったくかまわない。
このメニューはあくまで練習なので、話が進まなくても、起承転結がなくても、空間的な広がりがなくても、やっている俳優がきちんと集中していれば、それだけで意味のあることなのです。
逆にいうと、演じている俳優がきちんと相手に集中しているか「型」や「気持」に逃げていないかは、観ている側でチェックしてあげる必要があります。
また、とても大事なのは、「ガイドブックの指示には絶対に従う」というルールを守ってもらうことです。
そうしたところを見失うと、ただの即興の練習と変わらないものになってしまいます。

■■大西加代子さんに伺いました

さて、実際のガイドブックのメニューがどんなものだったのか、私が作ったガイドブックをお見せしながら、大西さんにお訊きしました。
すると、稽古で使っていたのはガイド「ブック」ではなく、設定の書かれた一枚のカードだったのだそうです。
なるほど……どうりで……と思いました。
私のやったメニューは、安部のメニューとはちょっと違うものになっていたようです。
でも、ガイド「ブック」は作るのは手間ですが、かなり面白いですし、有意義な練習になるのではないかと思います。

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