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zoom RSS 筒井賢治『グノーシス』要約

<<   作成日時 : 2018/02/18 15:05   >>

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筒井賢治『グノーシス』(講談社選書メチエ、2004年)

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  まえがき――本書の狙いについて

グノーシスとは本来、「キリスト教グノーシス」と同義であり、初期のキリスト教会で広まっていた一部の思想を総称する専門用語。
「グノーシス」という古代ギリシア語は、「認識」「知識」「知ること」を表す。
何を知るのかというと、以下のようなこと。

・至高神(イエス・キリストが宣教した神)と創造神(ユダヤ教・旧約聖書の神)は違う。
・創造神の所産であるこの世界は唾棄すべき低質なもの。
・人間も創造神の作品だが、その中のごく一部にだけ、至高神に由来する本来的自己が含まれている。
・救済とは、本来的自己がこの世界から解放され、至高神のもとに戻ること。

キリスト教グノーシスは紀元2世紀なかばから後半にかけてが最盛期。
その前後、キリスト教とは直接関係しない領域でも、同じような思想運動があり、それを「非キリスト教グノーシス」と呼ぶ。

グノーシスとは、元来は古代キリスト教史のテクニカルタームであったものが、研究の進展とともにカバーする範囲を広げ、キリスト教という枠も歴史という枠も打ち破って抽象性の度合いを増し、ある種の汎用的な概念になったもの。

本書では、「グノーシス」の概念の出発点に立ち戻り、2世紀のキリスト教グノーシスに照準を絞って、共時的アプローチを行う。

第1章では、アプレイウス(ギリシアの哲学者)とプトレマイオス(キリスト教グノーシス主義者)の共通の手がかりから、2世紀という時代の一側面を紹介する。
第2章では、ウァレンティノス派を紹介。*
第3章では、バシレイデースを紹介。*
第4章では、マルキオンを紹介。*
第5章では、大まかなグノーシスの歴史を紹介。
第6章では、短い一般的な結びと展望を述べる。

* ウァレンティノス、バシレイデース、マルキオンは、互いに直接的な関係を欠く、キリスト教最初の神学者たち。(p46)

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  第一章 紀元二世紀という時代

紀元2世紀後半、アプレイウス(当時最大級の知識人、「プラトン哲学者」と呼ばれる)
の『変身物語』(別名『黄金のろば』)は、「好奇心」というモチーフを鍵に、人間の魂の遍歴と救済をめぐる哲学的・宗教的な思想を伝える。

それと同時代に、キリスト教の異端流派グノーシスがあった:
・この世界と創造神を蔑視・排撃し、上位世界と至高神を信奉。
・人間の魂は上位世界からやってきて、この世界の身体の中に幽閉されている。
・救済とは、魂が身体とこの世界から解放され、故郷である上位世界に戻ること。
・そうした事情を啓示するために上方世界からやってきたのが救済者イエス・キリスト。
・自分自身のこのような本質を認識(グノーシス)することが救済されるための条件。

グノーシスには、至高神と創造神を無関係と見る二元主義的グノーシス(イラン型〔p56〕)と至高神と創造神の関係を系列的にとらえようとする一元主義的グノーシス(シリア・エジプト型〔p56〕)があり、後者の代表は2世紀後半のプトレマイオスの宇宙創世神話だが、これはアプレイオスの『黄金のろば』と同じパターンになっている。

アプレイオスとプトレマイオスの共通性(1)
好奇心が悲劇を招き、上位の者からの啓示によって救われる。
アプレイオスとプトレマイオスの共通性(2)
両者とも、ドラマチックな物語という形式で表現している。

(1)は、ヘレニズム神秘思想の影響である:
・アレクサンドリアを震源地とし、前4世紀末に登場。
・人間が神を認識するのは不可能だから、神が自らを人間に示し(啓示)、救う。
(2)は、2世紀という時代と深く結びついている:
・人間の自己理解を問うような宗教的・哲学的な関心の高さ。
・小説文学の流行。

2世紀には、宗教的・哲学的書物と小説の読者層が重なっていて、哲学・宗教が大衆化した時代だった。
キリスト教もこのころ、対外的にはローマ帝国各地への布教に成功し、対内的には理論・教義の構築をはじめた。
このような文化の背景には、社会の安定があった(2世紀のローマ帝国は「人類史上最も幸福な時代」といわれる)。

  第二章 ウァレンティノス派

2世紀後半には、ウァレンティノス、バシレイデ―ス、マルキオンといったキリスト教グノーシスの有力者たち(大異端者たち)が登場した。彼らはキリスト教最初の神学者たちだといえる。またこれに対抗して、ユスティノスやエレナイオスといった反異端論者も出てきて、正統多数派キリスト教神学の始祖(教父たち)となった。グノーシスへの反論を通して、正統多数派の神学が形成された。
ウァレンティノスは、弟子のほうが有名になり、本人は影が薄いので、ウァレンティノス派の代表であるプトレマイオス(2世紀なかばに活動)の教説を紹介する。

至高神とエンノイアの対から、多くのアイオーンの対が生まれ、プレーローマ(上位世界)が構成される。至高神を認識できるのはヌース(知性)だけなのだが、ソフィア(知恵)が至高神を知りたいと思ってしまい、その好奇心のせいでプレーローマから転落しかかる。ソフィアはエンテュメーシス(思い)を捨てて、何とかプレーローマに復帰する。
ヌースは、ほかのアイオーンがソフィアと同じことにならぬよう、キリストと聖霊の対を流出。キリストは対であることの本性を、聖霊は感謝と真の安息をほかのアイオーンらに教え、プレーローマを安定させる。アイオーンたちは返礼として、イエス(ソーテール)と天使たちを流出する(これらは対ではない)。
プレーローマの外では、ソフィアが捨てたエンテュメーシスがアカモートとなる。かたちのないアカモートにキリストが「存在にもとづくかたち」を与えると、アカモートは自分のみじめな境遇を知って動揺し、そのパトス(感情)から「物質的なもの」が生じる。また、自分がプレーローマに出自をもつことを知ったアカモートには「立ち返り」という性向が生まれ、そこから「心魂的なもの」が生じる。さらに、イエスがアカモートのもとに遣わされ、アカモートに「グノーシスにもとづくかたち」を与える。アカモートはパトスから解放され、イエスと天使たちを見て喜びのあまり「霊的なもの」を身ごもる。
アカモートは「心魂的なもの」からデミウルゴスを造り、デミウルゴスは「物質的なもの」と「心魂的なもの」から天地を創造する。しかし人間が造られるとき、アカモートが「霊的なもの」の種子をつけ加えたので、人間は「物質的なもの」と「心魂的なもの」と「霊的なもの」(救われるべき本来的な自己)からできている。この人間の組成(元素)は、「霊的」な人間(グノーシス主義キリスト教徒)/「心魂的」な人間(正統多数派教会のキリスト教徒)/「物質的」な人間(異教徒)という人間三階層説につながる。
デミウルゴスによって造られた世界はやがて終焉を迎えるが、そのときアカモートはプレーローマに入り、イエスと結婚する。全プレーローマは「新婦の部屋」となる。「霊的」な人々は、心魂(と物質)を脱ぎ捨てて霊となってプレーローマに入り、天使たちの花嫁になる。プレーローマの真の安定は、人間がそこに戻ることで回復するのである(ソフィアの過失を本当の意味で償うのは人間)。その後、デミウルゴスと「心魂的なもの」は、物質界とプレーローマとの中間に上昇し、物質界は燃え尽きて無となる。

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ウァレンティノス派は、聖書にあった「新婦の部屋」という語を、救済理論のためのテクニカルタームとし、その名のついた儀式も行っていた。その儀式を受けると、最終的な救済を受けたのと同じだとされたらしい。「救いはすでに起きた」というような「現在的終末論」は、「救いは(約束されているだけで)まだ本当は実現していない」とする冷静な「将来的終末論」と対照的に、熱狂的な宗教体験や運動につながる。紀元1世紀中ごろから存在した熱狂的なキリスト教徒たちが、のちの異端「キリスト教グノーシス」の先駆者だった。

  第三章 バシレイデース

バシレイデース研究には資料面での難しさがあるが、ここでは正統多数派教会のヒュッポリトスによる『全異端反駁』(3世紀初め)に報告されたバシレイデースの教説を紹介する。

何もない時間の中で、「存在しない神」が「下」に置いた種子から、全宇宙が生じることになった(「存在しない神」などの否定神学的な発想や、神が種子を置くだけで宇宙にかかわらないことは、神の超越性を確保しようとするヘレニズム神秘思想の影響)。
(1)種子からはまず「第一の子性」「第二の子性」「第三の子性」が生まれる:
・「第一の子性」はすぐ神のもとに戻る。
・「第二の子性」は聖霊の助けを借りて神のもとに戻り、聖霊は「境界/蒼穹」となる。
・「第三の子性」は地上にとどまり、浄化を必要とする。
(2)種子からは次に「オグドアス」(恒星天)支配者と子、「ヘブドマス」(惑星天)の支配者と子が生まれ、宇宙と世界が成立する。
(3)あるとき、聖霊=蒼穹から福音が生じて下へ行き、マリアの子イエスに達すると、イエスの「第三の子性」が上昇し、「存在しない神」のもとへ戻る。それを範例として、ほかの霊的な人々の「第三の子性」も次々に「存在しない神」に向かって上昇する。このプロセスの終わった終末のとき、上の世界に昇れなかった存在は神から憐れみを受け、「大いなる無知」を与えられる。

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現在のキリスト教には「無からの創造」というドグマがあるが、これはギリシア哲学・プラトン哲学を否定的媒介として生み出されたものである。ユダヤ・キリスト教の創造信仰を、プラトン哲学との接触を媒介として洗練させ、最初に「無からの創造」という帰結を引き出したのは、バシレイデースだと考えられている。しかし彼の思想は難解であり、一般のキリスト教徒が理解できるようなものではなかった。正統多数派教会はバシレイデースよりも遅れて「無からの創造」を理論化したことになるが、あまり難解にせずに神の絶対性と全能性だけを徹底させることで、大多数のキリスト教徒を束ねるドグマとなりえた。

現在の正統多数派教会は、イエス・キリストは人間であると同時に神であるとしているが、これを矛盾だと考え、人間性か神性かの一方を選択する異端の考え方も存在した:
・人間性を選ぶ考え方は「養子論」といい、「イエスは人間であったが神に認められて養子にされた」と考える(ユダヤ人キリスト教やグノーシスの一部)。
・神性を選ぶ考え方は「キリスト仮現論」に帰結する。これは、「イエスは本当に人間としての身体をもち、受難した」という考えは外見に惑わされているのであって、事実は違っていたとする論である。
イエスの神性を重視し、身体や物質を蔑視する傾向のあるグノーシスは、大部分が仮現論である。バシレイデース(派)も仮現論であり、十字架にかかったのはイエスと身体を入れ替えたシモンだったとする。外見にとらわれることを無知として嘲笑するこのエピソードは、人間のアイデンティティーに関する大きな問題提起であるといえる。

  第四章 マルキオン

もともと船主だったマルキオンは、正統多数派教会に所属したのち、独立して144年にマルキオン教会を設立し、ローマを中心に活動したと考えられる。
マルキオンの教説によると、人間を構成する要素はすべてユダヤ教の低俗な創造神の造ったものだが、人間にも創造神にも縁もゆかりもない至高神(「異邦の神」「善なる神」)が、純粋な愛と真の善ゆえに、自らの子であるイエス・キリストを遣わして、救いのメッセージ(福音)を伝えた。

この教説は正統多数派教会のものともほかのグノーシスのものとも違うだけでなく、いろいろな問題点を抱えているが、多くの人に支持される魅力をもち、正統多数派教会にも影響を与えた。ただし、マルキオン派教会は西方では2世紀末、東方では遅くとも6世紀ごろには消滅したと考えられる。

マルキオンは、伝承されてきた原始キリスト教のテキスト群から11の文書を選んで「マルキオンの聖書」を作り、教会で用いていた。それらの文書はマルキオンによって改作され、ユダヤ教的な要素を削除されていた。
「マルキオンの聖書」はすぐに歴史から姿を消したが、文書集を決定してそれを信仰の基準にする(正典を作る)という方法は、正統多数派教会に取り入れ、新約聖書正典という形で生きつづけることになった。

多数派主義・伝統遵守派と純粋主義・理論優先派の対立関係は、「正統」対「異端」の関係とかなり重なる。
正統派は、一般の信徒がフォローできない大胆な理論化を抑制し、また、すでに広く流通しているキリスト教古文書の権威を全面的に事後追認して、多数派でありつづけた。それと同時に、異端・少数派が提起したさまざまな問題は、ドグマの慎重な体系化なり、正典の確立なりといった形で、正統多数派教会の歴史にも取り込まれた。

  第五章 グノーシスの歴史

1966年にシチリア島のメッシーナで開催された「グノーシス主義の起源に関する国際学会」で、次の3点を満たしている思想を「グノーシス主義」と呼ぶことにしようという、グノーシスの定義の提言が出された(現在までで唯一のもの)。

(1)反宇宙的二元論
(2)人間の内部に「神的火花」「本来的自己」が存在するという確信
(3)人間に自己の本質を認識させる救済啓示者の存在

しかしこの条件だけで単純に判断するわけにはいかず、この定義は長い目で見ると見捨てられそうな流れになっており、新たな定義やパラダイムを模索しつつ柔軟に運用していく必要がある。

グノーシスの系譜:
前史(1)古代ペルシアの宗教(ゾロアスター教)
前史(2)ギリシア古来のオルフェウス教
前史(3)ヘレニズム時代のユダヤ教の「黙示」と「知恵」の思想
非キリスト教グノーシス(1)マンダ教
非キリスト教グノーシス(2)ヘルメス文書
キリスト教(1)新約聖書のパウロの敵対者(認識こそが「復活」=救済)
キリスト教(2)ヨハネ文書
キリスト教グノーシス 魔術師シモン → 2世紀前半の異端

  第六章 結びと展望

「系譜」というアプローチ方法には、際限がなくなるという欠陥がある。
グノーシスを「現代」や「社会」と結びつけると、グノーシスの反世界的・反宇宙的なスタンスを、一種の社会的抗議と見なす説が生まれるが、2世紀のキリスト教グノーシスは、世界拒否のスローガンを実行に移すというよりは、キリスト教の福音を知的に極めようとした、無害な運動であった。

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