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zoom RSS 『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ

<<   作成日時 : 2018/09/26 08:15   >>

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唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年)

・登場人物の設定 → 『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定
・あらすじ → 『唐版 風の又三郎』 あらすじ

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以下は、唐十郎の戯曲『唐版 風の又三郎』(1974年)の、劇のストーリーが始まる前に起きた(と考えられる)出来事を、時系列で並べたものである。

▼1940年代、教授はマレーで従軍。高田三郎の父と兄、マレーで戦死(ということは、遅くとも敗戦前後までに、高田三郎とその弟の大学生は生まれているはず)。
1950年、警察予備隊が成立。
1952年、警察予備隊が保安隊に改組され、陸軍航空学校の流れをくむ保安隊航空学校が設立される。
1954年、自衛隊が成立し、陸上自衛隊航空学校が設立される。
織部、幼少期を代々木の月光町ですごす。のち、精神を病んで宮沢先生の病院に入れられる。
1964年、陸上自衛隊航空学校岩沼分校を仙台空港の敷地内に設立。このときかこのあと、教授が分校長に就任している。
▼1970年8月ごろ、夜の男が宇都宮銀座のエリカのいる店に通いはじめる。
1973年3月、陸上自衛隊航空学校岩沼分校が陸上自衛隊北宇都宮駐屯地に移駐、宇都宮分校に改称。これが「宇都宮少年自衛隊航空分校」のモデル。岩沼分校から引き続き、教授が分校長に。
▼1973年3月、宇都宮少年自衛隊航空分校所属の整備員、高田三郎三曹が、エリカのいる店に通いはじめる。
▼1973年8月23日、高田三郎エリカの店で飲酒したのち、深夜、宇都宮陸上自衛隊基地のLM-1型練習機を無断で操縦。格納庫の陰のエリカに3度の旋回を見せて手を振ったのち、なぜかそのまま南へ飛んでいく(乗り逃げ)。
▼1973年8月25日、鹿島灘で、練習機の翼と高田三郎の肉が見つかるが、その事実は隠される。
▼「乗り逃げ」事件ののち、高田三郎の師であった教授が、管理責任を取る形で、三腐人とともに、代々木のテイタン(帝国探偵社)に左遷される。高田三郎の肉はテイタンに保存されることに。また、教授はテイタンで「民生員」も兼ねる。
エリカの夢に、死んだ高田三郎が現れ、「冥府の入口にひっかかってる」自分の体を拾ってくれと頼み、「冥府の入口」とは「俺のために二円をくれる男の所」だと示唆。エリカは「二円をくれる男」を探し歩いたのち、教授がテイタンで民生員をやっていることを知る。そこに高田三郎の肉があると推測したエリカは、男装して高田三郎の弟になりすまし、1974年春または初夏の月夜、テイタンを訪れる。
織部、月夜に宮沢先生の病院から抜け出し、月光町へやってくる。そこにはテイタンの建物が建っている。

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