【読書メモ】『合理的なものの詩学』第二章

加藤夢三
『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』
ひつじ書房、2019年

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第二章 「現実」までの距離
―― 石原純の自然科学的世界像を視座として

はじめに

 1920~30年代の日本の言説空間では、従来の古典物理学的な時空間表象(「素朴実在論」に裏づけられた自然科学的世界像)への懐疑が広まり、先鋭的な文学者たちは、「現実」概念の問い直しに取り組んだ。
 この章では、大正から昭和初期にかけて、科学(理論物理学)と文学(短歌)の両分野で活躍し、同時代の文壇や論壇に科学的言説を浸透させるのに貢献した石原純(1881~1947年)の活動が跡づけられ、彼の示した自然科学的世界像(「現実」概念のとらえ方)の思想的意義が検討される。

 ちなみに、加藤夢三はあまり踏み込んで論じていないが、「素朴実在論」は本書の中で何度も登場する重要な用語であるため、ここで最低限の確認を行っておきたい。
 「実在論」とは、「事物は認識主体の外に実在する」とみなす立場である。その中でも特に「素朴実在論」では、「事物は、認識主体の外に、認識主体が認識するとおりに実在する」と考える。「実在」(事物)は無規定のもの(カントの「物自体」)ではなく、一定の性質をもち、その「実在」の性質を原型として、認識主体の「意識」に、表象が現れるのである。これは、「実在」と「意識」の二元論である。
 唯物論はしばしば、このような「素朴実在論」にもとづく思想だとみなされる。しかし、弁証法的唯物論は、「意識」は「実在」から生み出されると考え、「実在」一元論の立場を取る。マルクス主義者の中には、自分たちの唯物論を「素朴実在論」と同一視されることを嫌う者も多いだろう。

一 石原純の「科学」論

 加藤は、石原が相対性理論や量子力学を、古典物理学的・「素朴実在論」的な「現実」認識を根底から打ち壊しうるものとしてとらえたと指摘する。石原は、その可能性を「超唯物性」という言葉で表現し、唯物論的な「現実」認識との違いを強調した。
 そのことによって、マルクス主義系の論客たちとの間で対立も生まれたが、石原は20世紀物理学の理念を、人間世界のスケールとは異質の、新しい「現実」概念の考察を要請するものとみなした。

 たしかに、石原の問題意識はそのようなものだったのだろう。しかし、加藤の論じ方には、説得力が十分でないところもある。
 たとえば、加藤は67ページで、石原の「物理学理論の意味について」(1924年)という文章からの引用を紹介している。そこで引用される石原の文章は次のとおり。

私たちがより深く考へるならば、外界なるものも抑も私たちの認識を離れて存在するのではなく、少くとも自然科学的には、それが構成する世界形像以外に、何等の客観的な外界も成り立ち得ないはずです。従つて外界の客観的認識は之が世界形像に統一されることによつて始めて完成されるのであつて、之がために私たちが理論を必要とするに至ることは勿論なのです。


 ここでまず石原は、「外界」は人間の「認識」と無関係に実在するのではない、と主張している。だから、「素朴実在論」的な世界観を否定していることは間違いない。次に、「世界形像」なるものこそが、「客観的な外界」であるということが主張されている。その「世界形像」という概念は、後年の石原によって、「自然として現れる全体の世界に対して、それがどんな論理的構造をもつて出来上がつてゐるかを、我々の頭脳のなかに現像するところのもの」と説明されるという。この「世界形像」の「統一」について加藤は、

言わば観測者の認識作用を考慮に入れることで、それまで素朴に感得されていた現実概念を、抜本的に再編成しようとする営みにほかならない。


と解釈している。ここで「観測者」という語が用いられているのは、ハイゼンベルクの不確定性原理を意識してのことだと推測される。加藤は、石原の提示した世界観を、自然科学を一変させた量子力学と類比的にとらえたいのだろう。
 しかし、引用された石原の文章を見る限り、そこには量子力学的な要素も、不確定性原理に通じる要素もない。もちろん、石原は量子力学も含めた物理学の専門家であるわけだが、そのような事実と、石原のテクストの解釈とは、まったく違った問題である。石原のテクストが主張しているのは、「外界が客観的に存在しているとはいえず、対象の認識を世界形像へとまとめあげたときに、初めて外界の客観的認識ができあがる」というだけのことであって、ハイゼンベルクなどよりもたとえばカントに近いだろう。
 ちなみにヴェルナー・ハイゼンベルク(1901~1976年)が発見した不確定性原理(1927年発表)とは、「電子(のような量子サイズの粒子)の位置と運動量の、両者の不確かさを、同時にある程度以上小さくするのは不可能である」という法則である。これはハイゼンベルク本人によっても、「電子の位置を観測しようとすると運動量が観測できなくなり、運動量を観測しようとすると位置が観測できなくなる」というふうに、「観測」にまつわる問題(観察者効果)の一種として解釈されていたが、現在では、量子自体が本質的にもつ不確かさにかかわる問題であることがわかっている。

二 石原純の「芸術」論

 歌人でもあった石原は、自らが創刊にかかわった歌誌『アララギ』から決別する過程において、伝統的な韻律の定型にとらわれない「短唱」=「新短歌」の理念を主張した。その試みは、同時代の歌壇で先導的な役割を果たしただけでなく、文壇にも刺激を与えた。
 「新短歌」の試みで目を引くのは韻律の破壊や文体改革だが、重要な論点になっていたのは、「現実」概念そのものに対する発想の転換だったと加藤は指摘する。
 加藤によれば、石原は、自然科学における「現実」認識と、芸術活動における「現実」認識を区別していなかった。石原は「新短歌」を通して、彼の考える20世紀物理学と同じように、「素朴実在論」的な「現実」認識を覆そうとしたのだという。

 このような加藤の主張に関しては、そうなのだろうと思うが、ではその「現実」認識の転覆がどのようなものだったのか、ということについては、十分に(あるいは的確に)論じられているのかどうか、疑問である。
 石原は、具体的現実の中から要素を「抽出」したうえで、それを「綜合」的に構成するような、「主知的方法」による「現実」創造としての芸術を構想していたのだという。それは、自然の中から法則を「抽象」し、それを理論的に「綜合」して世界像を作る自然科学の方法に通じており、その類比は、石原本人が明言している。しかし、このことに対して、加藤が次のように述べているのは、はたして妥当だろうか(75ページ)。

ありのままの現実概念から任意の要素を「抽象」することで、その「自然科学的世界像」は「現実以上の意味」を帯びはじめるようになる。繰り返すように、それは自然科学の領域において、人間の身体感覚のスケールを超脱した物理現象を理解するための「主知的方法」と、明確に共鳴したものであったといってよい。


「人間の身体感覚のスケールを超脱した物理現象」という言葉で指示されているのは、量子力学的な物理現象だと考えられる(相対性理論も含めてもよい)。「石原の芸術観は、自然科学の分野での量子力学に相当するようなものだった」と、加藤は主張したいのだろう。しかし、具体的現実の中から要素を「抽象」し、それを「綜合」的に構成するような方法は、量子力学に特有のものだろうか。その方法はむしろ、古典物理学から現代物理学への連続性にかかわるものなのではなかろうか。
 そもそもここに引用した文は、意味があいまいである。第二文の序盤に出てくる「それ」、つまり第一文の内容は、何のことをいっているのだろうか。「自然科学の領域」の方法と「共鳴」するものであるというからには、第一文の内容は、芸術の領域の話なのだろう。しかし、第一文に引用されている「自然科学的世界像」という語は、その直前に加藤自身がブロック引用している石原の文章の中では、明らかに芸術の領域ではなく、自然科学の領域に属するものとして扱われているのである。加藤はそれを、比喩として引用しているのかもしれない。だとすると、レトリカルな美文にはなっているのだろうが、学術論文としての明確さを犠牲にしてしまっている(そういうところは本書を通じて多い)。

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 ここまで、石原の科学観・芸術観に関する加藤の解釈に、疑問を呈してきた。加藤は石原の「現実」認識を、「素朴実在論」的で古典物理学的な「現実」認識に対して、「新しい」ものだったと主張しているが、加藤が引用している石原の文章からは、量子力学的な「新しさ」は感じられない。ただしこれは、加藤の引用の選び方が悪いだけで、石原自身は引用されていないところで、もっと革新的なことをいっているのかもしれない。また、「量子力学的な」新しさはなくても、科学的な考え方の普及に努めること自体が、「新しい」ことだったのかもしれない。

三 「新しい現実」をめぐる言説布置

 石原は自然科学と文学を架橋し、「素朴実在論」的な「現実」認識を覆すような現代物理学の知見を普及させることで、同時代の文壇全体に大きな影響を与えた。
 横光利一への影響や、中河與一を中心とした「偶然文学論争」とのかかわりはよく知られているが、1935年に歌壇で起こった「現実主義論争」も、石原による「現実」への考察あってこそのものだったのではないかと、加藤は指摘している。

おわりに

 石原が昭和初期に相対性理論や量子論を広めたことで、文壇や歌壇には、「現実」を考えるための理論的な土台を再検討しようという機運が生じていた。そういう意味で石原の理論は、1935年前後のさまざまな論争を下支えしていたと加藤は述べる。


***目次***

序章 思考の光源としての理論物理学
第一章 「科学的精神」の修辞学 
第二章 「現実」までの距離
第三章 ジャンル意識の政治学 ←次はこちら
第四章 新感覚派の物理主義者たち
第五章 観測者の使命
第六章 「ある唯物論者」の世界認識
第七章 「合理」の急所
第八章 多元的なもののディスクール
第九章 「怪奇」の出現機構
終章 パラドックスを記述するための文学的想像力
補論ⅰ 「存在すること」の条件
補論ⅱ 自己言及とは別の仕方で

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