【読書メモ】『合理的なものの詩学』第九章

加藤夢三
『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』
ひつじ書房、2019年

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第九章 「怪奇」の出現機構
―― 夢野久作『木魂』の表現位相

 この章では、昭和初期の文学における「合理」と「非合理」という観点から、夢野久作の文学活動について考察が行われる。特に取り上げられるのは、1934年に発表された短編小説『木魂』である。

 小学校の算術教師として設定された『木魂』の主人公は、「数理世界」(260ページ)すなわち「数学的な秩序体系」(261ページ)に没入したために、狂気に陥ってしまう。
 加藤夢三はこのことを、「「合理」的な思考様式を徹底させたことの必然的帰結として、数学的理性の圏域において「怪奇」性が出現する」(270ページ)と解釈している。つまり、『木魂』という小説から、〈「合理」が徹底されると、そこに内在していた「非合理」が出現する〉という逆説的な図式が抽出されるのである。
 そして加藤は、この逆説を、夢野の探偵小説論と同型のものとみなす。次の引用文を見よ(273ページ)。

夢野にとって「変格探偵小説」とは、何よりも「古典」的な「本格探偵小説」からさらに進化を遂げたジャンルとしてみなされていた。井上洋子は「久作の探偵小説は、トリックの解明と合理的解釈を主軸にする、知的娯楽としての探偵小説とは明確に異なっている」ことを指摘しているが、夢野はそのような両ジャンルの質的差異にきわめて意識的であったと同時に、理知的な思考の枠組みに支えられた「探偵小説」の物語内容が、必然的に「本格」から「変格」へと転化するという確信を抱いてもいたのである。


 「本格探偵小説」の「合理」性が徹底されると、そこに内在していた「非合理」が表面化して、「変格探偵小説」になる、というわけである。
 このように考えると、『木魂』のストーリーは夢野久作の文学観・探偵小説論と類比的な関係にあるといえるし、夢野久作の思考に、〈「合理」が徹底されると、そこに内在していた「非合理」が出現する〉というパターンが存在していたともいえる。

 では、「合理」から「非合理」に至る逆説は、なぜ引き起こされるのだろうか。
 加藤は、大正末期から昭和初期にかけての「数学教育改良運動」の中に、論理主義・形式主義的な数学観を掲げる立場があったことに注目し、次のように述べる(267ページ)。

先述した数学教育論争において、論理主義・形式主義的な立場の理論的土台となっていたのは、最終的な根拠律への遡行が封じられることで、初めて数学的な秩序体系は有効に機能しうるという見方であった。これを『木魂』の物語展開へと敷衍させてみれば、作中の「自分を呼びかける自分の声」とは、生活空間のあらゆる次元において数学的理性を縦横無尽に張りめぐらせた結果、同じくその最終的な正統性を問うことを禁じられた代償として、言わば内在的に呼び覚まされた認識論的な懐疑そのものであったとも解釈できるのである。(下線引用者)


 下線部「認識論的な懐疑」という語句の意味がわからないが、ほかの箇所にある「従来の統御づけられた「知」への自己言及的な懐疑」(269ページ)という記述と照らし合わせると、ゲーデルのことをほのめかしているのだろうか、と見当がつく。引用文中の「形式主義」「根拠律」「秩序体系」といった術語も、クルト・ゲーデル(1906~1978年)の不完全性定理(1931年発表)にまつわるものとしてよく知られている用語である。
 つまり、「合理」が「非合理」に転ずる逆説の説明として、ここで加藤が出してきたのは、東浩紀が『存在論的、郵便的』(1998年)において柄谷行人を参照しつつ「ゲーデル的脱構築」と呼んだものなのだ。

 しかしよくわからないのは、『木魂』という小説や「本格探偵小説」のどこに「自己言及」性があるのか、ということである。「自己言及的な懐疑」なるものは、「数学的な再帰構造を破綻させる引き金(=最終的な根拠律の失効)」(274ページ)とも言い換えられているが、このあたりは対応関係がまったく理解できない。たとえば『木魂』や「本格探偵小説」において、「数学的な再帰構造」とは何なのか。「最終的な根拠律」なるものは、構造が破綻するのを待つまでもなく、「形式化」によって構造が成立した時点で用なしとされたのではなかったのか。
 どうも、「合理」と「非合理」の話に「ゲーデル的脱構築」を当てはめたいだけだったように思われてならない。そして、本書の主題である「合理」と「非合理」が、「ゲーデル的」な問題(の雰囲気)に落とし込まれていくのだとしたら、それは研究としてどうなのだろうか。


***目次***

序章 思考の光源としての理論物理学
第一章 「科学的精神」の修辞学 
第二章 「現実」までの距離
第三章 ジャンル意識の政治学
第四章 新感覚派の物理主義者たち
第五章 観測者の使命
第六章 「ある唯物論者」の世界認識
第七章 「合理」の急所
第八章 多元的なもののディスクール
第九章 「怪奇」の出現機構
終章 パラドックスを記述するための文学的想像力 ←次はこちら
補論ⅰ 「存在すること」の条件
補論ⅱ 自己言及とは別の仕方で

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