【読書メモ】『合理的なものの詩学』補論ⅱ

加藤夢三
『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』
ひつじ書房、2019年

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補論ⅱ 自己言及とは別の仕方で
―― 円城塔『Self-Reference ENGINE』と複雑系科学

 この章では、円城塔の長編小説『Self-Reference ENGINE』(2007年)が取り上げられる。
 加藤夢三によればこの小説では、多元宇宙(宇宙が唯一のものではないこと)と「私」の「生成変化」(「私」が唯一の存在ではなく変化していくこと)とが、相関したものとして書かれている。そのことで、「「私」が「私」であることをめぐる内省の閉域はおのずから裂開し、その記述作法のあり方自体がすぐれた批評行為として照らし返される」(346ページ)のだという。
 どういうことだかわからないが、加藤は、形式体系と自己言及性の問題に縛られていた昭和初期の小説(本書の本編で取り上げられたもの)に対して、この小説を「自己言及の形式に内包される隘路から「私」を解放する突破口」(346ページ)ととらえているらしい。
 それはそうだろう。そもそも『Self-Reference ENGINE』自体、私には理解できない作品だが、しかし、円城の小説は理解できないことが面白かったし、何か突き抜けているものを感じる。
 しかし、この論文を読んでも、『Self-Reference ENGINE』がなぜ面白いのか、どういうところに意義があるのかはわからなかった。この論文は、扱われている作品よりも理解しがたいうえに、残念なことに、面白さも感じない。

 以上で、『合理的なものの詩学』の内容のまとめを終える。この本からは多くのことを学ばせていただいた。私よりも若い著者だが、知識の面ではまったくかなわず、素直に感心するし、自分の不勉強を恥ずかしく思う。しかし、書きぶりやロジックとして、腑に落ちないことも多かった。最後までわからなかったことのひとつが、タイトルの意味である。「合理的なものの詩学」は、あまりよいタイトルではなかったのではないだろうか。


***目次***

序章 思考の光源としての理論物理学
第一章 「科学的精神」の修辞学 
第二章 「現実」までの距離
第三章 ジャンル意識の政治学
第四章 新感覚派の物理主義者たち
第五章 観測者の使命
第六章 「ある唯物論者」の世界認識
第七章 「合理」の急所
第八章 多元的なもののディスクール
第九章 「怪奇」の出現機構
終章 パラドックスを記述するための文学的想像力
補論ⅰ 「存在すること」の条件
補論ⅱ 自己言及とは別の仕方で

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