テーマ:演劇

『唐版 風の又三郎』 あらすじ

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・登場人物の設定 → 『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定 ・劇のストーリー以前の設定 → 『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ 【注意】 以下、唐十郎の『唐版 風の又三郎』のストーリーを記述します。観劇の予定がある方などで、いわゆる「ネタバレ」を避けたい方は、ご観劇のあとにお読み…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・劇のストーリー以前の設定 → 『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ ・あらすじ → 『唐版 風の又三郎』 あらすじ 以下は、唐十郎の戯曲『唐版 風の又三郎』(1974年)の登場人物の設定をまとめたものである。 ▼織部 幼少期は月光町で暮らしており、当時は「風の又三…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・登場人物の設定 → 『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定 ・あらすじ → 『唐版 風の又三郎』 あらすじ 以下は、唐十郎の戯曲『唐版 風の又三郎』(1974年)の、劇のストーリーが始まる前に起きた(と考えられる)出来事を、時系列で並べたものである。 ▼1940年代…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎戯曲のモチーフの変化 (初期から中期へ)

唐十郎という劇作家の最大のテーマは、「制度」との葛藤である。 半世紀にも及ぶキャリアを通じて、このテーマが追究されてきた。 そして唐十郎にとって「制度」とは、自分たちの生きる日常を知らず知らずのうちに規定してしまっているフィクションであった。 それは具体的には、ある時期までは、欺瞞的な平和の中にある戦後市民社会を指していたが、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

エミール・ゾラ「演劇における自然主義」内容のまとめ

エミール・ゾラ「演劇における自然主義」(1879年) 内容のまとめ テキスト 佐藤正年編訳『〈ゾラ・セレクション〉第8巻 文学論集 1865-1896』(藤原書店、2007年)所収 エミール・ゾラ(1840-1902)    1 自然主義とは何か  まず、「自然主義(ナチュラリスム)」という言葉に関する…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

イプセン『人形の家』について

テキスト ヘンリック・イプセン、矢崎源九郎訳『人形の家』(新潮文庫、1953年)  ヘンリック・イプセンの作品の中でおそらく最も名高い『人形の家』は、1879年の発表当時から、主人公のノラが夫と子どもたちを捨てて家を出る結末が取り沙汰されてきた。自分を「人形」のように扱ってきた夫と縁を切るのみならず、何の罪もない子どもた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

無意識の光(メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について)

無意識の光 ―― メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について   ◆ メリザンドとは何者なのか  舞台は海と森に囲まれた暗い城アルモンドの周辺。あるとき、アルケル王の孫ゴローが森で迷い、泉のそばで泣いている女メリザンドと出会う。ゴローは他国でメリザンドと結婚し、半年以上経ってから帰国する。ドイツ・ロマン派の好んだモチーフ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「私の好きな現代戯曲」ーー『しあわせな日々』

「本読み会」さんのウェブサイトの「私の好きな現代戯曲」というコーナーに、文章を掲載していただきました。 ベケットの『しあわせな日々』についてです。 http://honyomikai.net/event-contemporary/contemporary-talkingyomitan/play-kiyosue-loves/ …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『二都物語』について

  1 リーラン あたしを捨てたのね、あんた。 内田 その尖ったもので、私を刺し殺すつもりかい? リーラン そうすれば、あんたは生きかえってくれるでしょ? 痰壺を覗くときれいになるように。暗い夢を見ると過去が現在になるように。あたしのおまじないで生きかえらないものなんかありゃしない。兄さん、あんたは忘れたの? 湿った野…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『透明人間』について

唐組 第55回公演 『透明人間』 東京=新宿・花園神社 5月9日(土)10日(日)/15日(金)16日(土)17日(日) 6月6日(土)7日(日)/12日(金)13日(土)14日(日) 東京=雑司ヶ谷・鬼子母神 5月23日(土)24日(日)/29日(金)30日(土)31日(日) 長野=城山公園 6月19日(金)…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房ワークショップ(演劇) 木村陽子さん・大西加代子さんの回

2015年1月の安部公房の演劇ワークショップ、最終日に行われたトークの回について、簡単なものではありますがご報告させていただきます。 (私は断片的にしかメモを取っていないので、ご報告というよりは感想になります) 登壇者は 木村陽子さん (日本文学の研究者。画期的な『安部公房とはだれか』の著者) 大西加代子さん (俳優。劇…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【まとめ】安部公房ワークショップ(演劇) 清末プログラム(1/23-24)報告

2015年の1月に、板橋の小劇場サブテレニアンさんの主催で行われた、安部公房の演劇に関するワークショップにて、私(清末浩平)が単独で担当させていただいたプログラムについての報告です。 -- 事前告知 (1) オリエンテーション (2) 「ニュートラル」を作る (3) 「ゴム人間のゲーム」 (4) 「写真のぞ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【参加者募集】安部公房の演劇ワークショップ(1/23-25)

【俳優(志望)の方むけワークショップ参加者募集】 2015年1月の23日(金)から25日(日)にかけて、板橋のサブテレニアンという小劇場で、俳優の方むけの演劇ワークショップが開催されます。 http://itabashi-buhne.jimdo.com/2015-1/ws%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【劇評】『ザ・モニュメント 記念碑』

舞台『ザ・モニュメント 記念碑』の劇評を書きました。 小劇場レビューのサイト、ワンダーランドさんに掲載していただきました。 ↓↓↓ 「直接的であることと代行すること」 http://www.wonderlands.jp/archives/26360/#more-26360
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』要約

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 「いま劇的とはなにか」 個人の<情念>の深みである<暗黒>の領域と、<偶然>と<自由>の広がる<陽光>の領域を、同時に見通し駆け巡るような<現在>的な演劇を作るためには、<特権的肉体>を駆使せねばならない。 <特権的肉体>とは、登場人物の独特で固有の実存が表現の中…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【まとめ】唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が何度かに分けて解釈したものです。 「いま劇的とはなにか」は、『特権的肉体論』の巻頭を飾るエッセイであり、同書の中で最も内容の詰まったものですが、同時に最も難解な文章でもあります。 かなり強引に読み解いた箇所も多々あるため、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(5)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(4)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(3)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(2)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(1)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、本文の段落分けと対応させてあり、本文の表記をで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【読書メモ】アリストテレス『詩学』

アリストテレス『詩学』 テキスト=松本仁助・岡道男訳『アリストテレース 詩学・ホラーティウス 詩論』岩波文庫、1997年 (目次) 第1章 論述の範囲、詩作と再現、再現の媒体について 第2章 再現する対象の差異について 第3章 再現の方法の差異について 劇[ドラーマ]という名称の由来について 悲劇・喜劇の発祥地について…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

劇団唐ゼミ☆『夜叉綺想』プレビュー公演

 6月20日、劇団唐ゼミ☆の第22回公演『夜叉綺想』、横浜プレビュー公演に行ってきました。  劇団唐ゼミ☆は、私がいちばん好きで、思い入れが強く、公演を楽しみにしている劇団です。これまで、 ・2010年夏公演『蛇姫様』→「劇の厳密なる作動」 ・2010年冬公演『下谷万年町物語』→「父の名をかたることなく」、「夢のようにリア…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編―

■安部公房の演劇活動   (1) 1954年~1959年   (2) 1960年代前半   (3) 1960年代後半~1970年代前半   (4) 1970年代後半 ■安部公房論―演劇編―   (1) 安部作品の下部構造    ※ 安部公房論(appendix)   (2) 戯曲『友達』について   (3)…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編― (5)~ メモ

▼初期の安部にとって重要だったもの……ブレヒト的異化 ・ブレヒト→ヒトラー ブレヒトが別の時代に生まれていたら[……]純粋に芸術的な詩を書いたろうかなどという問題は提起しても意味のないことである。 それよりもヒトラーの演説についての驚きを作品の対象とせざるをえなかったブレヒトが、いかにしてこの対象を芸術的な形式に扱いうるか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編― (4) 中期の安部における政治性

 以上(2)と(3)で、「安部システム」成立直前(1967年)の安部公房の、演劇上の問題意識を見てきたわけだが(『友達』においても『どれい狩り』改訂版においても、疎外状況の告発それ自体に淫しているように見えかねぬ態度が、切断されている)、このような準備作業を受けて、先へ進まねばならない。  清水邦夫は1967年およびそれ以後の安部…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編― (3) 戯曲『どれい狩り』改訂版について

 次に、『友達』と同じ1967年に発表された、『どれい狩り』の改訂版へと話を移そう。 この作品[『どれい狩り』]には、[1974年3月の時点で]二種類の戯曲がある。一つは初演当時(昭和30・6)のものであり、いま一つは再演(昭和42・11)に際しての、「改訂版」と銘打たれたものだ[1975年には、『ウエー(新どれい狩り)』が発表さ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編― (2) 戯曲『友達』について

 安部公房にとっての演劇的な下部構造である俳優の問題、そして「安部システム」の問題を論じることが、本稿の目標である。  しかし、それを論じるには、準備作業として、1970年代に「安部システム」が形成されてゆくまでの、演劇の分野における経緯を検証しておく必要がある。  そこでまず、1960年代後半の安部の戯曲の考察へと迂回しよう。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房論―演劇編― (1) 安部作品の下部構造

 安部公房は、特に1970年代、機会あるごとに演劇について論じていた。  安部の文章は、どれも明解な論理に貫かれたクリアなものであり、彼の演劇論も、内容としては――コンスタティヴな水準では――理解しやすいものだ。  しかし、なぜ安部は演劇論を多く発表したのか、特に、なぜ「安部システム」なる方法を打ち出さざるをえなかったのか、という問…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安部公房の演劇活動 (4) 1970年代後半

 さて、肝心の安部公房スタジオであるが、1973年から79年にかけて活動したこの劇団も、安部の作家としてのキャリア全体がそうであったように、先の見えない試行錯誤の中で仕事の内容を変えていった。  第1回公演『愛の眼鏡は色ガラス』は、一般的な意味で言う戯曲テキストを安部が書き下ろしての上演であった。  劇団の前期はそういった作品が…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more