テーマ:文学研究

【まとめ】加藤夢三『合理的なものの詩学』

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年  読書会でこの本を扱うことになったので、内容をまとめたレジュメを作るために、各章についてのメモをブログに載せます(何度も読みましたが、どうしてもある程度、批判的にならざるをえませんでした)。  章ごとに記事を書いており、ここには目次…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』補論ⅱ

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 補論ⅱ 自己言及とは別の仕方で ―― 円城塔『Self-Reference ENGINE』と複雑系科学  この章では、円城塔の長編小説『Self-Reference ENGINE』(2007年)が取り上げられる。  …
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』補論i

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 補論ⅰ 「存在すること」の条件 ―― 東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』の量子論的問題系  この章では、東浩紀の長編小説『クォンタム・ファミリーズ』(2008~2009年)が取り上げられる。  東自身はこの小説を、自…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』終章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 終章 パラドックスを記述するための文学的想像力 一 「経験」と「理論」の乖離  昭和初期の書き手たちは、「科学の危機」や「数学の危機」(相対性理論、量子力学、ゲーデルの不完全性定理などが含意されている)に対して、格…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第九章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第九章 「怪奇」の出現機構 ―― 夢野久作『木魂』の表現位相  この章では、昭和初期の文学における「合理」と「非合理」という観点から、夢野久作の文学活動について考察が行われる。特に取り上げられるのは、1934年に発表さ…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第八章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第八章 多元的なもののディスクール ―― 稲垣足穂の宇宙観  昭和初期の文壇には〈自然科学=人間科学〉のイデオロギーがあり、科学受容の中心となっていたのは精神生理学や心理学であった。  しかし、稲垣足穂は、「人間存在…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第七章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第七章 「合理」の急所 ―― 中河與一「偶然文学論」の思想的意義  中河與一は1935年前後、理論物理学と小説創作を、何らかの形で結びつけられないか模索していた。ハイゼンベルクの不確定性原理を中心とする量子力学を取り上…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第六章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第六章 「ある唯物論者」の世界認識 ―― 横光利一『上海』と二〇世紀物理学  この章では、横光利一の長編小説『上海』(1928~1931年)が取り上げられる。『上海』は、もともと「ある唯物論者」という書名になる予定だっ…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第五章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第五章 観測者の使命 ―― 横光利一『雅歌』における物理学表象  1920年代から新感覚派として作家活動を行ってきた横光利一は、1930年前後、新心理主義へと移行したとされる。加藤夢三は、この1930年前後の横光の「転…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第四章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第四章 新感覚派の物理主義者たち ―― 横光利一と稲垣足穂の「現実」観  加藤夢三は、同じ「新感覚派」とされる横光利一(1898~1947年)と稲垣足穂(1900~1977年)について、彼らの「現実」観(時間・空間認識…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第三章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第三章 ジャンル意識の政治学 ―― 昭和初期「科学小説」論の諸相 はじめに  「科学小説」というと一般には、サイエンス・フィクションと同一視される。サイエンス・フィクションが日本で発展したのは、戦後になってからの…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第二章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第二章 「現実」までの距離 ―― 石原純の自然科学的世界像を視座として はじめに  1920~30年代の日本の言説空間では、従来の古典物理学的な時空間表象(「素朴実在論」に裏づけられた自然科学的世界像)への懐疑が…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』第一章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 第一章 「科学的精神」の修辞学 ―― 一九三〇年代の「科学」ヘゲモニー はじめに  1930年代の言説空間には、「科学」と「精神」を強引に結合した、「科学的精神」という表現が多く登場した。  この章では、その「…
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【読書メモ】『合理的なものの詩学』序章

加藤夢三 『合理的なものの詩学――近現代日本文学と理論物理学の邂逅』 ひつじ書房、2019年 序章 思考の光源としての理論物理学 本書の問題意識(2ページ)  近代日本の文化は、「科学的経験」と「文学的経験」の接触面に立ち上がってきた。  「科学」と「文学」を二項図式的に切り離すのではなく、文化思潮を支え…
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「小説という名の実験」正誤表

私が同人となっている、文芸批評・文学研究のグループ「凡庸の会」が、雑誌『文学+』第2号を刊行しました。 私は、「小説という名の実験―安部公房『砂の女』論」を掲載しています。 当該雑誌は1200円+送料です。下記フォームよりご注文ください(在庫切れの場合はご容赦ください)。 https://docs.google.com/f…
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【まとめ】吉本隆明「詩とはなにか」要約

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 ▼吉本隆明「詩とはなにか」要約 目次 ・第1節 「ほんとのこと」の妄想 ・第2節 詩の発生(意識の自己表出) ・第3節 散文と詩(言語の時代的水準と励起) ・第4節 詩的喩(意味とイメージの「当り」) ・第…
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吉本隆明「詩とはなにか」要約(5)

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 第5節 詩と現実  5-1 詩と現実の必然的関係 自分は、普通に語ったり書いたりすれば世界を凍らせてしまうであろうことを、普通に語ったり書いたりするのを禁忌して、詩という形にする。 現実社会は、…
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吉本隆明「詩とはなにか」要約(4)

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 第4節 詩的喩(意味とイメージの「当り」)  4-1 詩的喩とは 詩においては、指示表出性の高い言葉にも自己表出性が高度に負わされ、指示表出性のない言葉にも指示表出的な役割が負わされるといった、自…
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吉本隆明「詩とはなにか」要約(3)

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 第3節 散文と詩(言語の時代的水準と励起)  3-1 詩の特徴 本当は、詩と散文の違いは程度の問題にすぎない〔が、詩と散文の違いについて考えてみよう〕。 言語はいつも、自己表出として発せられ…
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吉本隆明「詩とはなにか」要約(2)

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 第2節 詩の発生(意識の自己表出)  2-1 詩の本質としての自己表出性 詩の本質を考えるために、詩の発生する最低限の条件を見てみたい。 そのための材料として、折口信夫(1887-1953)の唱…
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吉本隆明「詩とはなにか」要約(1)

吉本隆明「詩とはなにか」要約 初出 「詩学」1961年7月号 テキスト 『詩とはなにか』詩の森文庫、2006年 第1節 「ほんとのこと」の妄想  1-1 世界を凍らせる「ほんとのこと」 これまで自分は無自覚に詩作をしてきたが、今、詩作の過程に意識的・理論的な根拠を与えたい。 自分は「廃人の歌」(195…
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エミール・ゾラ「演劇における自然主義」内容のまとめ

エミール・ゾラ「演劇における自然主義」(1879年) 内容のまとめ テキスト 佐藤正年編訳『〈ゾラ・セレクション〉第8巻 文学論集 1865-1896』(藤原書店、2007年)所収 エミール・ゾラ(1840-1902)    1 自然主義とは何か  まず、「自然主義(ナチュラリスム)」という言葉に関する…
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イプセン『人形の家』について

テキスト ヘンリック・イプセン、矢崎源九郎訳『人形の家』(新潮文庫、1953年)  ヘンリック・イプセンの作品の中でおそらく最も名高い『人形の家』は、1879年の発表当時から、主人公のノラが夫と子どもたちを捨てて家を出る結末が取り沙汰されてきた。自分を「人形」のように扱ってきた夫と縁を切るのみならず、何の罪もない子どもた…
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太宰治「虚構の春」内容の整理

太宰治の「虚構の春」は、雑誌「文學界」昭和11年(1936年)7月号に掲載された小説である。「道化の華」(昭和10年5月)、「狂言の神」(昭和11年10月)とともに、「虚構の彷徨」三部作をなす。 「虚構の春」は、昭和10年12月上旬から翌昭和11年元日までのあいだに、小説家「太宰治」に送られてきた書簡の、本文のみを並べるという…
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無意識の光(メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について)

無意識の光 ―― メーテルリンク『ペレアスとメリザンド』について   ◆ メリザンドとは何者なのか  舞台は海と森に囲まれた暗い城アルモンドの周辺。あるとき、アルケル王の孫ゴローが森で迷い、泉のそばで泣いている女メリザンドと出会う。ゴローは他国でメリザンドと結婚し、半年以上経ってから帰国する。ドイツ・ロマン派の好んだモチーフ…
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記憶を与える(太宰治『思い出』論)

記憶を与える――愛の物語としての『思い出』 ※ 太宰治『思い出』の内容の整理は こちら  太宰治の小説『思い出』(一九三三年)は、愛の物語である。かつて愛されていた者が、愛を失って成長したのち、今度は主体的に人を愛しようと試みて挫折する物語である。そしてその愛の主題に、記憶の主題が連動している。  『思い出』は三つの章…
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村上春樹「ドライブ・マイ・カー」について

 村上春樹の短編集『女のいない男たち』の劈頭を飾る「ドライブ・マイ・カー」は、周到な計算のもとに書かれた佳作である。  60代も半ばになる村上はこの作品で、自身がデビュー当時からもちつづけてきた主題に対し、現在の彼なりのやり方で正面から向きあっているといえる。  「ドライブ・マイ・カー」を通して私たちは、村上春樹とはどのような小説家…
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村上春樹『女のいない男たち』の「まえがき」について

 村上春樹の短編集『女のいない男たち』(文藝春秋、2014年)には、村上自身による「まえがき」が設けられている。  村上はこの「まえがき」の存在を、自分の小説にとっては例外的なものであるという。  「まえがき」の冒頭、そのことに言及した箇所をみてみよう。 長編小説にせよ短編小説集にせよ、自分の小説にまえがきやあとがきを…
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【論文】『砂の女』と小説の地平 ―― 安部公房の小説について ――

『砂の女』と小説の地平 ―― 安部公房の小説について ―― 清末浩平 【2020年5月9日追記】 この記事をもとに、全面的に書き直した論文「小説という名の実験―安部公房『砂の女』論」を、文芸批評・文学研究の雑誌『文学+』第2号(凡庸の会、2020年)に掲載しています。 当該雑誌は1200円+送料です。下記フォームよりご注…
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