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zoom RSS 【読書メモ】『ゴリオ爺さん』

<<   作成日時 : 2012/04/17 06:47   >>

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オノレ・ド・バルザック『ゴリオ爺さん』(平岡篤頼訳、新潮文庫)読了。

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フランスの文豪バルザックが1835年に発表した長編小説で、バルザックの代表作のひとつであり、世界文学史上超有名な名作です。
これまで読みきっていなかったのがお恥ずかしい。

田舎からパリへ出てきた青年ラスティニャックが、華やかな社交界に憧れ、そこで美しい女性の愛を得たいと渇望するものの、田舎者なので暗黙の作法が分からないため、ひとりの女性に冷たくされます。
ところがその女性(レストー夫人)は、ラスティニャックの住む安下宿に暮らす、惨めな老人ゴリオ爺さんの娘でした。
ゴリオ爺さんは昔、製麺業者として富を築いたのですが、溺愛する2人の娘を嫁にやってからというもの、自分の財産をすべてその娘たちのために使ってしまい、自分は掃き溜めのようなところで悲惨な生活を送っていたのです。
野心に燃えるラスティニャックは社交界での成功と出世のため、実家から送ってもらったなけなしの金でバリッとした服装を整え、ゴリオ爺さんのもうひとりの娘に計算ずくで取り入ります。
そしてその女(ニュシンゲン夫人)の愛を得ることができ、また、娘に対して異常なほどの愛情を抱くゴリオ爺さんと仲良くなるのです。
すべてがうまくいきそうに思えたとき、たいへんな事件が矢継ぎ早に持ち上がります。
社交界での豪奢な暮らしに胡坐をかいていたレストー夫人とニュシンゲン夫人は、夫との関係がもつれてにわかにお金に困り、またゴリオ爺さんは、娘たちへの心配から重い病気にかかってしまいます。
娘たちのために屈辱的な生活も喜んで受け入れ、最後には病気にまでなったゴリオ爺さんなのに、いよいよ命が危ないというときにも娘たちは見舞いにも来てくれません。
ゴリオ爺さんの最後を心を込めて看取ったのは、ラスティニャックでした。
怒りを胸にたぎらせたラスティニャックが、ゴリオ爺さんを葬った後、無常な世間に対する戦いを誓うところで、小説は終わります。

非常に面白い小説でした。
田舎者の青年が、出世のために上流社会の女に近づこうとする、というところはスタンダールの『赤と黒』そっくりで(服へのこだわりなども似ています)、野心を抱く若者の情熱と鬱屈に共感をおぼえます。
また、女と金のために男が都会の中を奔走する姿は、ドストエフスキーの小説を思わせます。
というか、ドストエフスキーの『罪と罰』は『ゴリオ爺さん』をお手本にして書いたのではないでしょうか。
田舎のお母さんや妹との(『ゴリオ爺さん』では手紙での)やり取りなど、本当によく似ていますし(長男の出世を願う母や妹が涙を誘います)、
死の直前のゴリオ爺さんの、激情に駆られた結果とりとめのなくなった超長台詞も、ドストエフスキーそっくりです。
そして、バルザックの「パリ」はドストエフスキーの「ロシア」に匹敵するような不可解さ、巨大さを持っています。

なんといっても、ゴリオ爺さんの娘に対する哀れな愛情は泣かせますし、
謎の男ヴォートランもかっこいい。
上流社会の様子を描いているところなどは、僕にとっては正直退屈でしたが(ドストエフスキーの『白痴』などでも、そういう社交界的な場面は好きではないのです)、
特に後半の、それこそドストエフスキーばりの事件の連鎖爆発は、圧巻でした。

バルザック、やはりとんでもない作家です。
巧いし、デカい。
他の作品もどんどん読みたいです(『谷間の百合』しか読んだことがないので……)。


言わずもがなの、どうでもいいこと。
出世をめざし、女性に取り入ろうとするウブなラスティニャックは、いわゆる「リア充」に憧れる現代の「非モテ」男性たちから共感を得るかも知れませんし、
また、行き詰ったところでイベントが起こり、それをクリアすると先に進める、という特に前半のストーリーは、まるでゲームのようでした。
バルザックは、現代でも立派に通用します。

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