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zoom RSS 『共同幻想論』「祭儀論」まとめ

<<   作成日時 : 2014/02/16 19:15   >>

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吉本隆明『共同幻想論』「祭儀論」まとめ

これは私の参加している私的な勉強会で、『共同幻想論』の中の「祭儀論」について私が発表したときのレジュメです。(ブログに載せるため、少しだけ手を入れてはいますが)
より細かい内容は、こちらへどうぞ → 「祭儀論」(1)(2)(3)(4)

初出:「文芸」1967年4月
初刊:『共同幻想論』河出書房新社、1968年
テキスト:『改訂新版 共同幻想論』角川ソフィア文庫、1982年

【1】『共同幻想論』のモチーフの確認(序文〜「他界論」)

■『言語にとって美とはなにか』(1965年)で、「言語の表現」としての芸術という視点から文学の理論を構築しようとした吉本は、その試みだけでは不十分だと感じていた。

 (1)「言語の表現」の理論は、表現する主体の心を扱えない。
 (2)「言語の表現」の理論は、表現する「ひとりの個体」しか扱えない。
(1)からは、人間の心的な構造を解き明かそうという『心的現象論』が、
(2)からは、個体と共同性との心的な関わりを解き明かそうという『共同幻想論』が生まれた。

■『共同幻想論』の2つのモチーフ

@ 現実性の領域と幻想性の領域は、それぞれある程度は独立した世界だと考えねばならないし(従来の<マルクス主義>への批判)、また幻想性の領域の中でも、個体の内部で完結する心のはたらきと、共同性の中での心のはたらきとは、区別して考えねばならない(「意志論」)。
A 日本においては、個体の心のはたらきが共同性の中での心のはたらきにのみこまれ、区別がつかなくなってしまうような事態がしばしば起こるが、なぜそうなるのかを解明したい(日本における思想の特殊性を、普遍的な理論によって解明する)。

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■概念の導入

人間の個体としての心のはたらきを≪1≫自己幻想とし、
人間の集団としての心のはたらきを≪n≫共同幻想とする。
後者において、特にn=2のとき、それを≪2≫対幻想とする。
(とりあえずの定義はこれだけで、それぞれの概念の性質は、総合判断によって見いだされてゆく)

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これらの概念を用いると、『共同幻想論』のモチーフは、以下のように言い換えられる
   ↓
@ ≪1≫自己幻想≪2≫対幻想≪n≫共同幻想とを区別して考察するべきだ。
A 日本において≪1≫個体の自己幻想≪n≫共同幻想にのみこまれてしまう現象のメカニズムを解明したい。

※ 概念の問題その1:≪2≫対幻想とは何か

吉本が心のはたらきについて考察するとき、フロイトの<性>や<リビドー>の理論が重要な参照項となった。
それらの理論をより精密な形で継承するためには、≪1≫自己幻想(個)≪n≫共同幻想(多)とが接する部分に、一対一関係の心のはたらきを特に想定するべきだ、と吉本は考えたのだろう。
『共同幻想論』の中で、特に重要なものだと思われる≪2≫対幻想の概念規定は、「対幻想論」の中でヘーゲルを援用した、
「自然的な<性>関係にもとづきながら、けっして「自己還帰」しえないで、「一方の意識が他方の意識のうちに、自分を直接認める」幻想関係」
という部分。〔183〕

※ 概念の問題その2:≪1≫自己幻想は存在するのか

他との関係をすべて取り除いたとき、純粋に個体の内部で完結する心のはたらきというものは、本当に存在するのか、という点は議論の余地があるはず。
吉本は、≪n≫共同幻想との逆立や≪n≫共同幻想からの侵蝕といった形で≪1≫自己幻想を論ずるが、≪1≫自己幻想がそれ自体として存在するのか、という問いは『共同幻想論』の中では展開しない。
これは、『言語にとって美とはなにか』で、通俗的な言語観と親和的な指示表出に対し、より根底的な概念として自己表出を提示していたことと、パラレルな関係にあるように思われる。
・言語の美は自己表出であり、表現する個体の心のはたらきは≪1≫自己幻想の位相の問題。
・自己表出だけを極端に純粋化したとき、意味のない発声あるいは沈黙に近づくのだとすれば、純粋な自己表出と純粋な≪1≫自己幻想とは似たものになってくるはず。
吉本にとって、個体に固有の≪1≫自己幻想は自己表出と同じように、思考の出発点であり、理論的な根底であり、あるはずのもの、なければならないものだった。それは吉本の理論の特徴といえる。
(ただ、『心的現象論序説』を見てみると、その冒頭部分において、「心的現象は自体としてあつかいうるか」という形で、≪1≫自己幻想は存在するのかという問いが検討されている)

■制度と心のはたらきとの関係を解明するため、まずタブーについて考えると、タブーには以下の2つの様態がある。

<禁制>:個体が、共同のタブーを受け入れることを、強制されているように感じている状態。
<黙契>:個体が、共同のタブーを受け入れることに合意し、タブーを内面化している状態。

<禁制>と<黙契>は理論的には異なるものなのだが、日本のいわゆる常民においては、両者は区別しがたく混融してしまっている。(『共同幻想論』のモチーフAとの関連)

タブーに代表されるような、共同幻想としての制度が生み出されるための条件は、以下の2点。
・共同体が有限で貧弱なものであると感じられていること。
・入眠幻覚のようなもうろう状態が実現すること。

■幻想と制度

制度は幻想性の領域で生み出されるもの(上部構造)なので、現実性の領域(下部構造)からのみ論じることはできない。
また、日本の<正常>な常民の幻想性は、≪1≫個体の自己幻想≪n≫共同幻想に逆立する契機をもたない、という点で特異なものである。

【2】「祭儀論」主題(1):<同調>の共同体における祭儀

「祭儀論」の主題のひとつは、もちろん祭儀であり、祭儀と人々の心のはたらきとの関係である。

・理論的には、≪1≫自己幻想≪n≫共同幻想と<逆立>する。
・≪1≫と≪n≫との<逆立>は、明確に自覚される<逆立>以外にも、さまざまな形態をとる。
・<逆立>がどのような形態をとるかは、個体が共同体への違和感を、どの程度自覚しているかによる。

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ここで吉本は、極限のかたちでの恒常民と、極限のかたちでの世襲君主から構成されている共同体を想定する。(日本における常民と天皇制との関係について考察するため)
そのような共同体がもしあるとすれば、そこでは、個体が共同体に対する違和感をほとんど自覚できず、<逆立>が明瞭な形をとらない、と考えられる。

▼極限のかたちでの恒常民と、極限のかたちでの世襲君主から構成されている共同体においては、≪1≫は≪n≫に<同調>しているような仮象をもてるはずである。
▼≪1≫と≪n≫とのあいだに<同調>の仮象があるとき、民俗的なものであるはずの祭儀は、支配者のためのものにもなってしまう。

【3】「祭儀論」主題(2):<生誕>と<死>

「祭儀論」の主題のひとつは<生誕>であり、祭儀と<生誕>との関わりである。
農耕部族が<生誕>と、穀物の生成を類比するようになっていったメカニズムは、後に「対幻想論」で詳述されることになるが、「祭儀論」での吉本は祭儀について考察するにあたり、<生誕>という主題を導入する。

<生誕>が幻想性の領域において持つ意味を解き明かすには、<生誕>と対照的な<死>についての、「他界論」での議論が参考になる。
  ↓
<死>の定義〔122〕:「人間の自己幻想(または対幻想)が極限のかたちで共同幻想に<侵蝕>された状態を<死>と呼ぶ」
i) 人間の≪1≫自己幻想が極限のかたちで≪n≫共同幻想から<侵蝕>される<死>:
ある個体の、じぶん自身に対してもつ心のはたらきが、共同幻想に完全にのみこまれてしまい、自己幻想が共同幻想の中に解消してしまう、というかたちでイメージされる<死>。
ii) 人間の≪2≫対幻想が極限のかたちで≪n≫共同幻想から<侵蝕>される<死>:
一対一関係(おもに<家>)の共同性の中で心的にとらえられた個人が、共同幻想の中にのみこまれてしまう、というかたちでイメージされる<死>。
――どちらの場合においても、個体が共同幻想の中にのみこまれ、個体としてのまとまりを解消してしまうような出来事として、<死>がイメージされる。

さて、幻想性の領域において、人間が<生誕>し、成長し、≪1≫個体の自己幻想≪n≫共同幻想と逆立するに至る過程は、下図のようになる。

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<生誕>とは、上の図の@Aであり、
@ 共同体の≪n≫共同幻想から分化し疎外された個体が、
A <家>という≪2≫対幻想の共同性(<家>における<母>との関係)の中に入ってゆくこと。

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<生誕>の@の段階だけを見ると、<死>の過程をまったく逆にたどるだけ。
(<生誕>において共同体から疎外された個体は、<死>においてまた共同体の中へと戻ってゆく)
したがって、もし<生誕>が@の過程しかもたないのであれば、<生誕>と<死>は、単に互いに逆であるだけのもの――袋から取り出した球をまた袋に戻すようなもの――だということになる。
しかし、<生誕>にはAの過程があり、この≪n≫から≪2≫への移行過程は、<死>にはみられないものである。
(確かに、もし<死>に同じような移行過程があったとしたら、それは≪1≫から≪2≫への移行――個体が対幻想の共同性の中に入ること――だということになるだろうが、それは<死>にとって不可欠な要素ではない)

▼<生誕>と<死>は理論的にいうと、幻想性の領域においては似ており(ほぼ真逆の過程)、
両者を本質的に分けるのは、≪1≫と≪n≫とのあいだを≪2≫が媒介するような移行構造があるかないか、という点だけである。

【4】初期農耕社会

しかし未開人は、移行構造の有無という差異を十分に認識できなかったため、<死>と<生誕>の概念を、ほとんど等質に見做していた。
  ↓
特に『古事記』から読み取りうる古代日本の共同体においては、<死>と<生誕>の共通点と相違点は、以下のようにとらえられていた。
(共通点)女性が≪n≫共同幻想の表象に転化すること。
(相違点)何かを<生む>行為が、<死>では成功せず、<生誕>では成功する、というだけのこと。

<死>と<生誕>をこのようにとらえる共同幻想(幻想性)は、穀物に象徴されるような、初期農耕社会の地上的利害(現実性)と対応する。

初期の農耕社会のメンバーは、<子>の<生誕>をとらえるうえで、
・一対の男女の<性>的な行為の結果、という側面よりも、
・女<性>だけが<子>を分娩する、という側面を重要視し、
これを穀物の生成と結びつけた。(その類比の成立のメカニズムは「対幻想論」参照)

したがって『古事記』のエピソードでは、女性は<子>を生むにあたって、≪n≫共同幻想の表象へと変身する。
≪2≫対幻想の対象(女性)でありながら≪n≫共同幻想の表象(穀物の神)でもある、という矛盾を背負わされた人物は、その矛盾のために殺害されることによって、穀物を生成する。

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【5】農耕社会の共同幻想の高度化

日本のある地域で行われている民俗的な農耕祭儀について考察すると、【4】でみた初期農耕社会よりも、いくぶん高度になった農耕共同体のあり方を想定することができる。

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そこで行われる民俗的な農耕祭儀(下図「田の神行事」)においては、
≪2≫対幻想の対象である女性が≪n≫共同幻想の表象に変身する、という契機が必要とされない。
≪2≫対幻想の<性>によってもたらされる<子>の<生誕>が、ある<空間>と<時間>の幅の中で、≪n≫共同幻想の表象である穀物の生成に結びつけられる。

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それはおそらく、
≪2≫対幻想の場である<家>がしっかりしたものになってきて、
・共同体の中で<家>の占める位置が確立され、
・それとともに、≪n≫共同幻想にたいする≪2≫対幻想の位相が、独立した独自なものになったからだろう。
<家>という≪2≫対幻想の場が確立している分、このような共同体のあり方は、初期の農耕社会よりも高度だといえる。

【6】規範力への転化

古代の農耕社会の支配層となった大和朝廷は、実質的な皇位継承の儀式である大嘗祭において、【5】でみたような農耕儀礼を模倣しつつ、<空間>性と<時間>性の両面から<抽象化>している。

(ここでいわれている<抽象化>とは)
本来、穀物の実りを願う農耕祭儀は、以下のような<空間>と<時間>の幅の中で行われるべき必然性があった。
・<空間>……田と<家>とのあいだ
・<時間>……作物の<死>に関わる冬と、<復活>に関わる春とのあいだ
しかし、古代の大和朝廷は、農耕社会を支配しつつも、じぶんたち自身は農耕からはなれてしまったため、上のような<空間>と<時間>の中で儀式を行う必然性がなくなった。
そのため、大和朝廷の世襲大嘗祭においては、農耕祭儀の形式がある程度模倣されてはいるが、その<空間>性と<時間>性は、農耕から直接的に規定されたものではなくなっている。
――このように、農耕との直接的な関係を失うことが、ここでは<抽象化>と呼ばれている。

農耕儀礼が<抽象化>され、穀物の実りと直接的に関わるだけのものではなくなり、<神>を夫婦一対の<田神>として迎える必然性が失われると同時に、
@司祭(祭儀における人間側の代表)であったはずの天皇が、
A農民たちにとっての<神>としての性格をももつようになった。

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このような天皇の性格の二重化は、世襲大嘗祭のどのようなメカニズムによってもたらされるのか?

天皇がじぶんを、<神>の≪2≫対幻想の対象となるもう一体の<神>に擬定し、<神>と<性>行為を演ずる。
  ↓
<神>とのあいだに≪2≫対幻想の関係を発生させることで、その≪2≫対幻想自体を、<最高>の≪n≫共同幻想(つまり<神>)と同致させる。
  ↓
天皇がじぶん自身の人身に、世襲的な規範力を導入する。
(「規範力」とはここでは、人々に「これには従わなければならない」と思わせるような権力のこと。さらにいえば、≪1≫自己幻想≪n≫共同幻想への<同調>を促すような力)

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共同社会における共同利害に関与する祭儀(民俗祭儀)は、それが共同利害に関与するかぎり、かならず規範力に転化する契機をもっている。
  ↓
この契機がじっさいに規範力にうつってゆくためには、祭儀の空間と時間は、<抽象化>された空間性と時間性に転化しなければならない。
  ↓
この<抽象化>によって、祭儀は穀物の生成をねがうという当初の目的をうしなって、どんな有効な擬定行為の意味ももたないかわりに、共同規範としての性格を獲得してゆく。

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【7】日本の農耕民と天皇制との関わり

日本の農耕部族の民俗祭儀から<抽象化>されて発生した世襲大嘗祭と、大陸の遊牧騎馬民族の首長の即位儀礼とのあいだに、同一性を想定するような議論があるが、
(a)宗教儀式の類似性や共通性は、そのままで(b)種族の共通性や類似性と結びつかない。
(a)は幻想性の領域の事柄であり、(b)は現実性の領域の事柄であるので、(a)の伝播範囲と(b)の存在範囲とを同一視することはできない。
世襲大嘗祭については、大陸の遊牧騎馬民族の祭儀との関連性からかんがえるよりも、日本の農耕民族の祭儀との関連性からかんがえるべきだ。

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