テーマ:唐十郎

『唐版 風の又三郎』 あらすじ

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・登場人物の設定 → 『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定 ・劇のストーリー以前の設定 → 『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ 【注意】 以下、唐十郎の『唐版 風の又三郎』のストーリーを記述します。観劇の予定がある方などで、いわゆる「ネタバレ」を避けたい方は、ご観劇のあとにお読み…
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『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・劇のストーリー以前の設定 → 『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ ・あらすじ → 『唐版 風の又三郎』 あらすじ 以下は、唐十郎の戯曲『唐版 風の又三郎』(1974年)の登場人物の設定をまとめたものである。 ▼織部 幼少期は月光町で暮らしており、当時は「風の又三…
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『唐版 風の又三郎』 設定のまとめ

唐十郎 『唐版 風の又三郎』(1974年) ・登場人物の設定 → 『唐版 風の又三郎』 登場人物の設定 ・あらすじ → 『唐版 風の又三郎』 あらすじ 以下は、唐十郎の戯曲『唐版 風の又三郎』(1974年)の、劇のストーリーが始まる前に起きた(と考えられる)出来事を、時系列で並べたものである。 ▼1940年代…
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唐十郎戯曲のモチーフの変化 (初期から中期へ)

唐十郎という劇作家の最大のテーマは、「制度」との葛藤である。 半世紀にも及ぶキャリアを通じて、このテーマが追究されてきた。 そして唐十郎にとって「制度」とは、自分たちの生きる日常を知らず知らずのうちに規定してしまっているフィクションであった。 それは具体的には、ある時期までは、欺瞞的な平和の中にある戦後市民社会を指していたが、…
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唐十郎『二都物語』について

  1 リーラン あたしを捨てたのね、あんた。 内田 その尖ったもので、私を刺し殺すつもりかい? リーラン そうすれば、あんたは生きかえってくれるでしょ? 痰壺を覗くときれいになるように。暗い夢を見ると過去が現在になるように。あたしのおまじないで生きかえらないものなんかありゃしない。兄さん、あんたは忘れたの? 湿った野…
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唐十郎『透明人間』について

唐組 第55回公演 『透明人間』 東京=新宿・花園神社 5月9日(土)10日(日)/15日(金)16日(土)17日(日) 6月6日(土)7日(日)/12日(金)13日(土)14日(日) 東京=雑司ヶ谷・鬼子母神 5月23日(土)24日(日)/29日(金)30日(土)31日(日) 長野=城山公園 6月19日(金)…
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唐十郎『特権的肉体論』要約

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年 「いま劇的とはなにか」 個人の<情念>の深みである<暗黒>の領域と、<偶然>と<自由>の広がる<陽光>の領域を、同時に見通し駆け巡るような<現在>的な演劇を作るためには、<特権的肉体>を駆使せねばならない。 <特権的肉体>とは、登場人物の独特で固有の実存が表現の中…
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【まとめ】唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が何度かに分けて解釈したものです。 「いま劇的とはなにか」は、『特権的肉体論』の巻頭を飾るエッセイであり、同書の中で最も内容の詰まったものですが、同時に最も難解な文章でもあります。 かなり強引に読み解いた箇所も多々あるため、…
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唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(5)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
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唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(4)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
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唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(3)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
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唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(2)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、ほぼ本文の段落分けと対応させてあり(分かりやす…
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唐十郎『特権的肉体論』「いま劇的とはなにか」解釈の試み(1)

テキスト=唐十郎『特権的肉体論』白水社、1997年   * 以下は、唐十郎のテキストを、私が解釈したものです。 その妥当性は、今後この作業を続ける中で検証してゆくことになります。 あくまで、『特権的肉体論』の本文を読むときの参考程度のものとお考えください。 改行は、本文の段落分けと対応させてあり、本文の表記をで…
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劇団唐ゼミ☆『夜叉綺想』プレビュー公演

 6月20日、劇団唐ゼミ☆の第22回公演『夜叉綺想』、横浜プレビュー公演に行ってきました。  劇団唐ゼミ☆は、私がいちばん好きで、思い入れが強く、公演を楽しみにしている劇団です。これまで、 ・2010年夏公演『蛇姫様』→「劇の厳密なる作動」 ・2010年冬公演『下谷万年町物語』→「父の名をかたることなく」、「夢のようにリア…
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(全)父の名をかたることなく(3/3)

10――遅れ 人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に、自分で選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。そして、生きている者たちは、自分自身と事態を根本的に変革し、いままでになかったものを創造する仕事に携わっているように見えるちょうどそのとき、まさにそのような…
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(全)父の名をかたることなく(2/3)

6―――去勢を拒む多数のペニス 教授 もう、肉をかめまい。 乱腐 歯をね。 珍腐 歯を全部ぶっかいてやりましたから。 淫腐 歯が悪かったんですね。        (唐十郎『唐版 風の又三郎』【8】)  本稿の筆者は以前、唐十郎の1970年代の戯曲に関して、ジャック・ラカンの三界理論との類比関係を指摘した【9】。男女ひ…
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(全)父の名をかたることなく(1/3)

  Contents:    1―――前書き    2―――設定    3―――あらすじ    4―――夢と秩序    5―――夢と記号    6―――去勢を拒む多数のペニス    7―――衝突しあう想像界たち    8―――主体化のオルタナティヴ    9―――父の名をかたることなく    10――遅れ   …
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父の名をかたることなく(12)註と情報

  テキスト 唐十郎『下谷万年町物語』PARCO出版、1981年。   註 【1】清末浩平「劇の厳密なる作動」wonderland、2010年。 http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kiyosue-kohei/ 【2】清末前掲論文。 【3】唐十郎『下谷万年…
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父の名をかたることなく(11)遅れた者の倫理

 1960年代後半から1970年代前半、学生運動に象徴されるように、革命的な熱が社会を覆う時代があった。それは欺瞞的秩序の打倒を目指す政治の季節であると同時に、演劇における旧体制の転覆を図る「アングラ演劇」なるものの季節であった。演劇革命としての「アングラ演劇」は、革命的政治運動と一種の連帯関係を結びつつ、あの「熱い時代」に空前絶後の隆…
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父の名をかたることなく(10)遅れ

人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に、自分で選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。そして、生きている者たちは、自分自身と事態を根本的に変革し、いままでになかったものを創造する仕事に携わっているように見えるちょうどそのとき、まさにそのような革命的危機の時期に、…
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父の名をかたることなく(9)父の名をかたることなく

 第三幕中盤、洋一に「僕を返してほしいんです」と言われたお瓢は、洋一を演じる権利を剥奪される。それでも洋一との繋がりを諦められないお瓢は、どうすればもう一度洋一を演じることができるかを思案し、洋一に固有な何かを手に入れることで自分を洋一に類似させればよい、と考えるようになる。これは荒唐無稽な発想ではあるが、追い詰められたお瓢が捻出した切…
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父の名をかたることなく(8)主体化のオルタナティヴ

 さて、『下谷万年町物語』の夢は想像界の色に染めあげられ、そこには象徴的な父およびその代理がいないのであった。父の名において去勢を行う人物を、本稿では象徴的な父の代理と呼ぶが、それはつまり、前々節(6)の最初に述べたような、1970年代の唐十郎作品に登場する典型的な悪役のことでもある。そういった人物がいなければ、去勢は行われない。そして…
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父の名をかたることなく(7)衝突しあう想像界たち

 主人公たちの想像界が象徴界からの攻撃を受ける、というのが1970年代の唐十郎作品の典型的な構造であった。それに対して『下谷万年町物語』では、各々の登場人物の想像界どうしが衝突しあう。ここではそのありようを、注射器という小道具を通して見ておこう。  注射器はもともと、死んだ田口洋一からお瓢に贈られたものであった。これはお瓢と田口と…
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父の名をかたることなく(6)去勢を拒む多数のペニス

教授 もう、肉をかめまい。 乱腐 歯をね。 珍腐 歯を全部ぶっかいてやりましたから。 淫腐 歯が悪かったんですね。        (唐十郎『唐版 風の又三郎』【8】)  本稿の筆者は以前、唐十郎の1970年代の戯曲に関して、ジャック・ラカンの三界理論との類比関係を指摘した【9】。男女ひと組の主人公たちを甘やかな空想によって結び…
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父の名をかたることなく(5)夢と記号

 また、『下谷万年町物語』と『乱歩の恋文』との劇としての手触りの差は、記号の扱い方にも現れている。  『乱歩の恋文』の物語は、探偵小説が書けなくなる江戸川乱歩の姿を、丁寧に律儀に描き出す。しかしながら、乱歩がまるで物に憑かれたようになりながら書こうとしている、探偵小説なるものの本質的な意義については、演劇を通して問おうとはしない。…
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父の名をかたることなく(4)夢と秩序

 『下谷万年町物語』は、プロローグとエピローグを見れば分かるように、大人の文ちゃんが少年時の体験を回想し、その回想の中で少年の文ちゃんが行動するという、枠物語あるいは劇中劇の構造によって全体が成り立っているが、この劇中劇を我々は、一種の夢として捉えることができる。というのも、プロローグの場面で少年の文ちゃんが登場するときの「布団をゆっく…
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父の名をかたることなく(3)あらすじ

 プロローグ。【4】  大人の文ちゃん(加藤亮佑)が観客に対して、遠い昔に住んでいた下谷万年町の思い出を語っていたところへ、それまで長い間眠っていたらしい少年の文ちゃん(水野香苗)が現れる。少年の文ちゃんが注射器を使って、過ぎ去った「何十年という時間」の「空気」を大人の文ちゃんの体から抜くと、大人の文ちゃんは「時をさかのぼり、昭和…
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父の名をかたることなく(2)設定

 はじめに、『下谷万年町物語』のあらすじを追うための前段階として、劇にとっての現在の時間が始まる以前の諸設定を解説しておく。  唐十郎の戯曲が内包する異様なほどの複雑さについては以前述べたが【2】、進行中の劇のそこここで明かされつつ交錯してゆく背景的事実に対し、踏み込んだ記述を随時行ってゆくと、それはもはや文字どおりの意味での粗筋…
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父の名をかたることなく(1)前置き

 本稿がとりあげるのは、劇団唐ゼミ☆の第18回公演『下谷万年町物語』である。2010年11月に、物語の舞台となった瓢箪池の跡地の近く、浅草の花やしき横を公演場所とし、特設テント劇場で上演された。  劇団唐ゼミ☆は、当該公演の前年にも、同所でこの演目を上演している。そもそも『下谷万年町物語』という作品は1981年に発表されたもので、…
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